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2017.0621 O.A 釧路三慈会病院 院長 西池淳氏

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<part1> 
まずは、現在工事中の病院のことについて伺いました。三慈会病院は3つの棟でできていて、その中の一番古い棟、東棟が、かなり老朽化が進み、壊さなければならなくなったそうです。別の会社が一緒に特別養護老人ホームを併設して、三慈会病院とともに合同で新棟を建ててやっていくことになりました。
地下1階、地上7階の予定。手術室や集中治療室は2階と3階を使う予定になっているそう。ですから、救急車で運ばれて手術をなさった方や、心筋梗塞等を起こして心臓の調子が良くないという方のリハビリ、また、高齢者の方がリハビリできる様な特別養護老人ホームが少ないということもあり、最終的にその後のフォローアップできるような一貫した医療体制を整えていきたいというのが先生の願いでもあるのです。出来上がりは秋くらいで、オープンは再来年くらいになるでしょうか。淳先生含め、弟の修先生、聡先生も含め、循環器・整形外科・麻酔科を中心に、より専門的な治療を道東で発展できたらと思われています。麻酔科もドクターが増えて、ペインクリニック、除痛に特化した治療も考えていきたいと考えています。一番問題なのは、痛みをとりに手術をして、手術が終わっても痛みが残ることによって、患者さんの運動レベルや日常生活レベルが落ちてしまっては何も意味がないということ。ペインクリニックは痛みをとる科です。痛みをとる目的は、個々によって違います。痛みを患者さん本人から聞き出して一番痛みにあった取り方をする方法を作り出すのがペインクリニックの考え方です。ブロックという言葉をよく聞きますが、一概にブロックといっても、神経そのものを遮断するのではなく、色々な細かい神経そのものの、本人の痛がっている痛みに対する神経をブロックしたり、他に痛みをとるために身体の中に電極を埋め込み、それによって痛みをとるなどの最先端治療も取り入れているそうです。
<part2> 
淳氏の専門は修氏とともに下肢。人工関節ばかりをやるのではなく、他に若者のスポーツをする子供たちの為の怪我を治したり、靭帯を治す等の手術もあります。人工でない部分では、半月板とか前十字靭帯、後十字靭帯という靭帯をつくりかえる再建術という方法があるそう。例えば、スポーツ選手などで膝をひねってそのまま倒れこむような怪我、前十字靭帯損傷があります。膝の真ん中にある靭帯が、特に女子は切れやすいそう。膝をひねることで自分の骨で自分の靭帯を切ってしまうのです。特にバスケット、ハンドボール、野球等の激しいスポーツをする方に多い怪我と。高校生から大学生までの若い方に多いそうです。一度切れてしまうと生活的には問題はなくても、今までやっていたスポーツができなくなってしまう。そうすると本人のモチベーションも下がるので、すぐに復帰していただきたいという気持ちを込めて手術をしなければと思うとおっしゃっていました。昨年、釧路の高校の女子バスケットチームの主将をなさっていた方が靭帯を切ってしまったことがありました。チームの人数も少ないので、どうしても大会に出たいということで、前十字靭帯再建術を秋になさいました。その後本人のリハビリが頑張ったこともあり、大会にも出場し、さらに優勝なさったそう。非常に嬉しかったとおっしゃっていました。通常筋力が戻るためには、頑張ってリハビリを1年近くやらなければならないそう。でも、彼女は半年位で筋力もほぼ手術前の状態に戻り、その結果だったので、本当に喜ばしい出来事だったと。そういう事があると、そういう人たちのために手術をきちんとすることはもちろん、道東の怪我であれば地域で治してあげたいと強く感じると・・・。
ご自身もスポーツもなさることもあり、スポーツをしている子供たちを支援したいということで、道東のジュニアコンサドーレというサッカーチームのチームドクターもなさっています。「若い選手をみるのは、活力にもなるし、その子供たちにきちんとスポーツさせてあげるには大事なことだと思うんです。」
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2017.0614 O.A 釧路赤十字病院 副院長 近江亮氏

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<part1> 
最近、アインチエイジングを心がけていらっしゃるとのことで、以前ご出演いただいた時よりも若返った感じの近江氏。自らの健康に気をつけるというのが最近のテーマとおっしゃっていました。
近江氏の専門は主に膵臓。膵臓はおそらく皆さんもご覧になったことがないと思います。非常にかくれんぼが上手で奥ゆかしい臓器と。臓器の中で一番背中にあります。背中側にあるので、たとえば膵臓炎といって膵臓に炎症を起こすとお腹ではなく背中が痛くなる症状がでたりするそうです。お腹の真ん中にあるので、普通のレントゲンでもなかなかわからないし、詳しく調べないと小さな病気を見つけるのが非常に難しい、やっかいな臓器とのこと。膵臓の働きは大きく分けて2つあります。膵臓は十二指腸についていて、そこに消化液をだいたい1日に1リットルくらい出しているそう。脂肪やたんぱく質、糖などを分解して、下の腸で吸収しやすくするのです。2つ目の役割としては、血糖を調整するようなホルモンを出したり、腸の動きを整える様なホルモンを出したり、胃液の分泌を促す様なホルモンを出したりするそう。外側にだす消化液の作用と人間の血管の中にホルモンをだす内分泌作用をもっているのです。非常にたくさんの仕事をしている臓器というのはまちがいないようです。非常に奥ゆかしい臓器でなかなか人目につかない奥深いところにあって、治療するのも診断するのもなかなかやっかいな臓器のようです。「一言でいうと、膵臓はやっかな臓器。病気になった時、治しにくい臓器であることは確かだと思いますね」
膵臓を弱めたり、痛めてしまう原因は、第一にはアルコール。他には肥満そのもの。あとは生活。臓器も限界があり、働かせ過ぎると弱ってしまうのです。脂肪が多い方はインシュリンも働きにくくなってしまうので、出来るだけ負担をかけない様に痩せるという事も必要。また、胆石をお持ちの方も注意が必要との事でした。
<part2> 
今回お話しいただいたお話しのもっと詳しいお話しが、6月17日に聞くことができます。
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「第49会市民公開講座 すい臓の全てを教えます!ー糖尿病から、すい癌、肥満手術までー」
6月17日(土)14:00〜17:00 釧路市観光国際交流センター
入場無料、申し込み不要
・講演1 すい臓ってどんなところ?知っておきたいすい臓のしくみと病気
演者:釧路赤十字病院 外科部長 金古 裕之氏
・講演2 僕らはみんな生きている!生きているから食べるんだ!?すい臓パワーで語る糖尿病学!?
演者:釧路赤十字病院 内科部長 古川 真氏
・特別講演 すい臓にまつわる手術よもやま話
演者:北海道大学大学院医学研究科 消化器外科学教室II 平野 聡氏
・司会:釧路赤十字病院 副院長 近江 亮氏
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今現在、一番新しい手術、どういう手術をやって、すい臓はどのくらい治るようになってきたのかというお話しも。近江氏が一番聞いていただきたいとおっしゃっていたのが、減量手術のこと。肥満の方に対する手術。胃袋を細長く切る手術のことです。
去年から保険適用になったそう。釧路でも取り入れていきたいと思われています。全国的にみてもまだあまりやられていない手術だそうです。今まで通り食べて痩せるという手術ではないのです。ただ、美容的なもので手術を受けるということはできません。これは病的肥満の方、内科的な治療を経て、それでも効果がないという方、肥満の度合いBMIで32や33といった感じの方に対して行われるものです。こういったお話しも聞いていただきたいとおっしゃっていました。
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2017.0607 O.A 釧路赤十字病院 歯科口腔外科 森谷康人氏

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<part1> 
この4月から釧路へ。高校時代、陸上の大会で釧路にいらしたことがあるそう。砲丸投げ、投擲です。中学まで野球部でした。それを活かして高校では陸上をやろうと。全道大会に出場できないかと考えた時に砲丸投げが浮かんだそうです。道南で3位になり、全道大会に出場。そして釧路へ。「今は全然ですね。砲丸投げを趣味にしている人はなかなかいないと思うけど。そう考えると投擲って趣味になりにくいですよね。なんとなくもったいない気もしますね」そもそも歯に興味があったそうです。ご自身も歯科矯正をやっていたこともあり、小さい頃から虫歯が多く歯医者さんにはかなりお世話になっていたそうです。浪人時代に本格的に矯正し始め、歯並びが良くなっていくのを見て、歯がいかに重要かという事もわかってきたとおっしゃっていました。街を歩いていて歯並びが良くないとか、明らかに虫歯とわかる場合、その人の印象も違うと思ったそう。歯科は命に関わる部分もあるけれど、当時はそうは思っていなく、医科の先生の様に重いものを背負えないような感じがしていたと。深く考え込むタイプなので向いていないかなとも思い、歯科の道を選んだそうです。人が綺麗になり、よりよく見えて素敵になるのを見たいと思ったのです。「見た目綺麗になると自信がわいてくるじゃないですか」現在は、歯科口腔外科の基本となるベースのところを勉強なさっています。身体全体を理解した上で処置をするようにしたいと思っているので、まずはそこをきちんとしたいと思ったそうです。
実は歯学部のパンフレットを見た時に「握りこぶし一つしかない様な臓器に対して学部一つできるってすごい・・・とある教授が推していたんです。眼科学部とかないじゃないですか。整形外科学部ってないですよね。歯学部って独立して存在しているので、それだけ奥深いのかなと思ったんです。確かに色々難しいです。解剖学、材料の事も知らないといけない。治療手技もある。結構幅広いんです。」
<part2> 
美容に非常に興味をお持ちです。いつまでも若々しくいたいからと。「僕は10年後、20年後、30年後を見据えて年をとりたいんです」郷ひろみをテレビで見た時に、この人60なのにすごいな。こんなツヤツヤしてキレのある動きってすごいなと思ったと。それは若い時からの生活だと思うので、今から始めなければと思ったそうです。芸能人はどれだけお金をかけているのかな?なんて思ってしまいますが、そう考えるのは負けなのだとか。現在30歳ですが、2年位前から色々と始めたそう。まず、リファという美顔器。血流が良くなる感じがするのと、マッサージ効果で疲れもとれるような気がするとおっしゃっていました。微粒な電流がでているそうで、それが肌に良いとか?「僕は昔は年の割りに老けて見られていたんです。おそらく今は年齢よりも若く見られるようになってきたと思います」今後小さな努力を続けることで40歳になっても32歳位に見られるようになると思うとも。他には、パタカラと言って、豊麗線のたるみやシワが気になる方に開発された表情筋エクササイズ器具を使っているそう。以前、指導医の女医さんが当時45歳位で、その方がリファとパタカラをやっていて、とても45歳には見えなかったそうです。その先生に勧められというか、唆されて始めたとおっしゃっていました。「あまり男性がやっている様な事ではないと思います。女子力高いってよく言われます。思考回路も女性っぽいかも。たぶん女々しいのかも。僕としては女性が気になるものが気になるんですよ」
これからについて語っていただきました。「患者さんがやってもらいたいと思う事に対してきちんと自分ができる様に常に高める姿勢を持っていたいです。出来ないではなく、求められるレベルに合わせられる様、努力したいです。患者さんときちんとコミュニケーションをとるのはもちろん、技術的な事も求められるので、出来ないことを出来る様にする努力を怠らないことです。」
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2017.0531 O.A 市立釧路総合病院 精神神経科 田中輝明氏

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<part1> 
実は当初は医師を目指してはいなくて、学問、物理の研究をしたかったそうです。精神科を選んだのは、ひとつは他の科に比べると全然わかっていない分野であること。学問としてはすごく未熟なものだったので、わからないところの方が面白いだろうと思ったとのこと。もう一つは、哲学の本を読んでいると、精神医学とリンクする部分もあったからとのことです。医師になって23年目。患者さんの診療を含め、なかなかうまくいったという感覚がもてないというのがもっと頑張らなければ・・・満足感が得られないところがなおさら自分にとっては良いのかな?と思うとおっしゃっていました。
専門とするのは、主に躁鬱病と言われる疾患、今は双極性障害というそうです。この5~6年位は、緩和ケアの領域の中の精神腫瘍学、ガンに罹患した方の精神的なケアもなさっています。躁鬱病は、有名な病気ですが、実は精神医学の中でも2000年位までは殆ど研究されていない分野だったそう。鬱病と統合失調症に関してはものすごく研究されているのですが、躁鬱病に関してはそういった病気に比べると1/5とか1/10といった論文や研究しかなされていなかったと。2000年位に先輩とともに躁鬱病を専門にするようなグループを北大で作り、研究を始めたそう。ひとつは治療に関するもの、ひとつは、診断に関する研究です。躁鬱病は、昔は躁鬱病のごく一部の人だけが正しく判断されて、残りの方はあまりきちんと診断されていないということがあったそう。2005〜2010年にかけてその様なことがわかってきました。診断がきちっとされていないというのが、当時の問題だったのです。先生の研究でも実際には3〜4倍の方が見逃されているというのがわかっていたと。正しく診断されるまでに10年以上かかる人が約1/3いると言われていたそうです。躁鬱病は有名だけど見逃されていた疾患というのがわかります。それをきちんとしなければと思ったことも躁鬱病に取り組んだ理由のひとつでもあるのです。
<part2> 
精神腫瘍學について。一般的には緩和ケアとして知られています。緩和ケアの中の精神的なケアをする部分です。具体的には、患者さんの気持ちの辛さにアプローチをする。主にお話しを聞く事が多いそう。ガンという病気だけではなく、ガンにかかることで気持ちが辛くなるという事もあります。例えば病気になった事で仕事を辞めなければならないとか、家族の問題、また、自分のやりたい事ができなくなった事で、自分の人生の意味が変わってきます。病気以外の部分に関してもその人全体をいかにケアしていくのかが大事になるのです。
働いて話し方が変わったとよく言われるそう。ご自身は、プロフェッショナルとしてやっていかなければという想いがあったので、その為に言葉をなおすということもなさいました。自分を客観的に見るといった事を意識してお話しをするということをしたのです。精神科医としての理想とは・・・「患者さんとの関係でそれぞれだと思います。色々なタイプの医師がいて、この患者さんにはこの医師のタイプがあうとかがあると思うので、万人にうけるタイプはいないと思いますね。ただ、自分のポリシーとしては、基本的にはすべて自分のせいだと思う、自虐的になることが正しいと僕は思っているんです。自分のせい、もしくは自分が何かアプローチをすればもっと良くなったのでは?と考え、常に自分に問題があるという視点で見ておかないと大事なことを見逃すと思っています。できないことも多いのですが、意識してやるようにしていますね。」
2011年東日本大震災の後に、緩和ケアの先生方から、被災地に行き何かお手伝いできないかという話しがあり、そこに定期的に参加させてもらったそうです。震災直後と1年後2年後では悩みは違います。被災者の中での格差も生じたり、色々な所でそれぞれの方が抱えている悩みは違います。でも、辛い状況の中でも乗り越えようとする力、人間が生きようとする力が皆さんの表情や言葉の端々から感じられ、精神科医としても勉強させられたし、逆に元気をもらって帰ってきたと教えてくださいました。
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2017.0524 O.A 釧路労災病院 歯科口腔外科 小川仁氏

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<part1> 
4月に釧路いらしたばかりです。霧が多くてびっくりされたとか。
高校の時の面談で何になりたいかと問われ、歯科医になりたいと応えていたそう。お父様もお母様も医療関係だったこともあり、それ以外の道はあまり考えられなかったと。お父様は循環器内科の医師をなさっています。働いている姿はあまり見たことはなかったそうですが、子供の時に遊びに行ったさきで、お父様が治療している姿を見て「簡単そうだな」と思っていらっしゃったとか。そんな思い出があるそう。現在、ご自身が医師になり、あらためてお父様のすごいと思うところは、沢山あるそうです。自分の専門分野の知識がすごい。色々教えてくれて、有難い気持ちでいっぱいとおっしゃっていました。
「歯科は、矯正・一般歯科・口腔外科と大きくわけて3つあると思う。口腔外科は、全身のことや、勉強していかなかなければならないことが多く、深い感じがして。多くの分野を学ばなければ習得できないと思ったんです。越えられない壁があると思うと越えたくなるので」とこの道を選ばれました。
「どの科の先生とも仲良くなりたいし、知らない知識もそこから得ていくことができたらと思ったので、そういう意味で病院歯科があっているのでは・・と勝手に思っています。」
お父様から「歯科のことは歯科にしかわからないから、医師というひとくくりではなく、専門の分野は専門の先生にきちんと聞いて、勉強して、歯科にいかしてやるように」とアドバイスをいただいているそうです。
患者さんの痛み(肉体的にも精神的にも)をわかってあげられる医師になりたいと思われています。
エビデンス(証拠)がある医療、しっかり患者さんに説明して、患者さんが納得してやっていくことができたらと語ってくださいました。
<part2> 
小学生の時はキャプテン翼の影響でサッカー、中学生の時はスラムダンクの影響でバスケットボール、大学時代はラグビーという感じでスポーツをずっとなさってきました。現在は、ゴルフと筋トレ、ワークアウトにはまっています。「I’M BODY Jin」というユーチューバーがいて、それを見て、格好良い顔に、カッコ良いカラダをしているので、僕もなりたいと思って始めました。」この方は、フィジークという競技のチャンピオン。フィジークとは、綺麗なカラダを競い合う競技。ボディビルは、筋肉の迫力を競うもの。フィジークは、髪型とか、短パン等も審査対象になり、トータルで見るものだそうです。フィジーク、ボディビルともやることは一緒。どこにどれ位筋肉をつける等は違うそう。フィジークはボディビルから派生した競技なのだとか。「僕はフィジーク目指しているんですけど、なぜかどんどんボディビルになっていく・・・感じです。」去年から始めたそうですが、現在は時間を見つけて週に3回ほどジムに通われています。時間的には短く1時間以内で終わるそうです。そこでは、北島達也氏というボディビルダーの理論を参考にトレーニングをなさっているとか。大きくなる筋肉は速筋なので、ダラダラやっても意味がない。やったことをアウトする。「THE WORKOUT」実際にトレーニングで小川氏も変わったそうです。つけたいところに筋肉がつくようになったそうです。数値的には、体重が10キロアップ。体脂肪率も少し下がって、筋肉がついたという感じとか。見た目から大きくなったと周りからも言われるそうです。最終的には、ドラゴンボールの悟空みたいなカラダに一回だけなってみたいそう。どこかに筋肉痛がないと「あ〜やばい、しぼんでる」と思うとか。今は胸が筋肉痛と。実際に胸も動かして見せてくれました。姿勢をよくするというのが理論にあるので、あまり肩が凝らなくなったり、ゴルフのスィングも安定したり、手術の時にも姿勢が良いと褒められたそうです。というように実生活でも変化があるそうです。
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2017.0517 O.A 緑ヶ岡クリニック 院長 高松昌史氏

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<part1> 
留萌出身の高松氏にとって、釧路は雪も少なく過ごしやすいという印象とか。中学生位から将来何になろうかと考えた時に、住んでいたのが小さな街だったので、職業の数が少なく、町立診療所の先生がいらして、そこで良いなと思われたそう。医師になりたいと言ったら、周りからは無理だと言われ、逆になってみたいと思われたそうです。当初、医師になるには大学に行けば良いのかな?と思われていたと。今と違ってドラマでは、鮮明な手術などの場面はなかったと記憶していて、単純に医師のドラマをみて格好良いなと思っていたそうです。函館ラサール高校に進み、周りはみんな医師になるという人ばかりで、さらに自分も・・と思ったとおっしゃっていました。周りの皆が優秀なので、相当頑張ったと教えてくださいました。
現在は一般内科医ですが、そもそもは外科医。ほとんど急性期の患者さんを診ていらしたのです。当初ご自身は内科医に向いていると思っていたそうですが、留萌市立病院に研修にいった際に、旭川医大の先輩がいらして、「地方は内科もそうだけど外科医もすごい大事なんだぞ」と言われ、その科に入ったそう。「たまたま見学にいった時に盲腸の方や緊急手術が何件かあり、一緒に見学で入り、そのまま勢いで僕入っちゃったんです。そのままずっと進んできた感じなんです」
消化器外科、呼吸器乳腺外科などガン疾患を扱う時は、そんなに急性期ということが少ないそうですが、心臓血管外科をまわった時は1分1秒を争う生活をしていたので、現在はまったく違う生活スタイルに。
もともと消化器外科に進もうと思っていたそうですが、機械での手術が多い。吻合するのも機械でやったりするとのことで考えを新たに。血管外科などは自分の手で縫う。それが良かったとおっしゃっていました。自分の手で自分の感覚で縫って、その場で成果が出る。そこにやりがいを感じたそうです。
<part2> 
現在は、内科一般なんでも診ていらっしゃいます。患者さんがいらして他の病院に紹介する場合も次にやることがわかるので、今までの事がとても役立っていらっしゃるとの事。患者さんは、メタボリック症候群の方、高脂血症、高血圧、糖尿病などの生活習慣病の方が多いそう。高松氏が今考えているのは、地域に根ざして、何かあったら患者さんが来てくれて、相談にのることができて、病気をみつけるか、急性期の場合は他の病院につなぎ、自分で診ることのできるものは自分で診ることができたらという事。今後の釧路の医療がどうなっていくのかをみながら、自分も形を変えていかなければならないと思っているともおっしゃっていました。
他の地域と比べて釧路で感じることは・・・専門にしていたのが心臓血管系。旭川にいらした時には遠くは稚内、北見、網走などの沿岸地域からいらした患者さんは心臓血管系の病気が多く、釧路もやはり沿岸なので、かなり多いのでは?と感じるそう。コレステロール、高血圧の方が多いので。食べ物も美味しいけれど、しょっぱいもの、魚卵系が多いかな?と。
「ご高齢の方が多いので、往診に行ったりしなければならないのかな?とも思うそうです。自分ができることはやっていきたいと思っています。社会のニーズにあうように、やれるものはやっていきたいと思っています。」全身管理をみることができるように、それを目標にしていらっしゃいます。
「僕は外科医だったので、例えば、お腹に関しては自分の手の感触を大事にしていますね。必ず自分で触ったり音を聞いたりして必ず所見はとるようにしています。もちろん機械も使いますが、その感触を大事にしているし、自信もありますね。」高松氏には、患者さんを診ること120%、人間的にも素晴らしいと感じる尊敬する3人の先生がいらっしゃるそうですが、そこを目指して頑張っていきたいとおっしゃっていました。
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2017.0510 O.A 北海道釧路赤十字血液センター 所長 西野共子氏

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<part1> 
現在は、北海道釧路赤十字血液センターの所長ですが、2014年までは産婦人科医をなさっていました。産科医の仕事は肉体的にも辛い部分もあるので、ある年代になったら・・・と転職も考えられていたそう。44年間、新釧路町にあったセンターですが、今年2月に芦野2丁目に新築移転。以前の施設はもともと釧路で血液の製剤を作っていたり、血液関係の検査をやっていたそうですが、5年位前に、血液センターが全国で統合され、大きなシステムの変化があったのです。釧路でやっていた事業の半分位が札幌に移っている状態との事。
30年近く産婦人科医をなさっていたのですが、そもそもなぜ、医師の道を目指されたのでしょう?実は、小学校6年生から中学校1年生になる1年間位の間、結核で療養所に入っていたこともあり、医師という職業が身近な職業だったそう。一時期は理学部に進もうかな?と思ったそうですが、人間に近い仕事をしたいという気持ちがあり、医学部を目指されました。産婦人科医を目指したのは、大学の終わり位に周りの女友達が数人婦人科の疾患になり、悩んでいる場面に出くわしたからなのです。当時、産婦人科医はまだ女性が少なかったこともあり、自分がなることに値打ちがあるかな?と思われたと。産婦人科は医師がいて、助産師がいて、看護師がいて、患者さんも全部女性。女性ばかりの世界に近いのですが、大変楽しい世界だったと。仕事を辞めたいと思った事はないそうですが、分娩を扱う産科医は、時間的拘束が長い、肉体的にも段々辛くなってきた部分もあったとおっしゃっていました。産婦人科医の頃は趣味が仕事という位仕事が大好きでした。医師は基本的には病気を診て、時には病気に苦しんでいる方、亡くなる方をみているという部分が大きいのですが、産科は唯一祝い事に関係した職業で、報われる事がすごく多いと感じたそう。色々な女性の人生の場面に立ち会うことができ、苦労もあるけれど、幸せを感じるとか、やっていて良かったと思う場面は多かったそうです。
<part2> 
以前、カンボジアで働いていた経験をお持ちです。2003年位からカンボジアで小学校を作っているNGOの会員になり、時々見学に行かれていました。途中から仕事もしてみたいと思われ、2005年にプノンペンにあるSOSクリニックで、1年間外国人の旅行者を主に診療していらっしゃったそうです。この時には産婦人科だけではなく、内科や眼科なども診ていらっしゃったとか。それ以前、1999年12月にアンコールワットの近くのトンレサップ湖で水上生活をしている人達に出会いました。子供たちが沢山生まれていた時期で、これは学校を作らなければダメじゃないかな?と思ったのです。荒廃した所で一番大事なのは、教育なのかなと思ったそう。そこで、学校をつくるNGOの人と知り合います。その後知り合いの医師からタイ系の病院ができたので、来ない?といわれ、勤務することに。そのカンボジアの病院では分娩や手術をすることに。プノンペンには100ヶ国以上の国から人が来ていて、人種のるつぼみたいな状態だったそう。カンボジアは世の中の状況が日本の昭和の早い時期に近いところがあるそうです。そこに5年いらっしゃったのですが、帰国。その大きな原因は、産婦人科医の減少。お手伝いしなければと帰国し、現在に至ります。カンボジアと日本でなさった事に違いはあるのでしょうか?カンボジアの田舎ではあまりにも状況が違い、自分は役に立たないと思ったそう。でも、都市部では必ずしもそうではなかったのです。ご自身が行かれている間にカンボジアの状態もだんだん良くなってきて、最終的にはあまり違いがあると思わなくなったそうです。今も年に1回は顔を見に行かれているそう。民間病院で働きながら田舎の地域にボランティアとして入っていた所があるのです。そのボランティアは10年位続けているそう。その村に行くとかなりの方が西野氏を知っているそうです。「現地の女性は男性医師だと肌を見せないんです。でも私が産婦人科医だとわかるとおばあさんがお腹を見せてくれたりする・・その行為に感動を覚えました。なので向こうに行くとリラックするんですよ。」

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2017.0503 O.A 釧路赤十字病院 内科 上田雄翔氏

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<part1> 
この4月から釧路へ。この道に進まれたのは、お父様が皮膚科医なので、身近にいる存在が医師というのが大きかったそう。小さい頃からご自身や近所の子供達が怪我などをした時に治療している姿を見てすごいなと思ったのがそもそものはじまりと。人の病気や怪我などを治して感謝されている姿を見て良いな・・やりがいある仕事だと思われたのです。他にも色々とやってみたい職業はあったそう。まずパティシエとかシェフ。一時期すごく憧れていたそう。警察官にもなりたいと思った事も。推理ものが好きだったので、単純にドラマの影響もあるそうです。他にはパン屋さん。最終的には医師の道に落ち着くのですが、今でも奥が深く、極める自信がまだまだないそう。極めたら面白いだろうなと感じるそうです。
まず、文系理系を決める時に、ご自身は数学が苦手で文系だったので、医師は無理かな?と考えたそうです。ところが、お父様が「文系も良いけれど、理系を数学ができないから諦めるのではなく、自分が本当にやりたいことを考えて選びなさい」とおっしゃり、そこで考え直し、数学を頑張って医師になられたのです。内科に進むことも、北海道に来ることも自由にさせてくれたそう。お父様の尊敬する部分は、毎日朝早くから夜遅くまで仕事。よくそんな生活をできるなと思っていたそう。さらに、家族サービスも沢山してくれて、色々な所に連れて行ってくれたそう。それはすごいなと尊敬しているとおっしゃっていました。内科の道に進まれたのは、内科は幅広く診ることができるから。身体全部に何が起きているのかを自分で考えながら必要な検査をしたり、目で見えない部分をどう考えるのかに、興味があったと。内科の中でも腎臓内科を専門になさりたいと今は考えられています。「透析に関わるサポートができるという事や、腎臓自体が色々な疾患と関連があり、僕的には色々な分野を幅広く関連する疾患を診れる医者になりたいと思っているので選びました。」
<part2> 
野球は観るのもするのも好き。中学時代は野球、高校時代は剣道部、大学時代はテニス部。他にソフトボールにバンド。野球は状況判断とか戦術が好き。大学の学園祭でみんなが盛り上がれるような曲をコピーしてやっていたのがバンド。楽器はベース。ベースを持ってきたいと思っていたそうですが、実家に置いてきたので、今は楽器やさんに行ってちょこちょこ弾いている感じとか。「買いたいんです」「買ったら?」「買います」という流れに。バンドを組む時にギターをやりたい方が二人いらして、俺ベースでという感じで、別にこだわりはなかったそうです。「でも面白いですね、ベースは。ベースでよかったと思っています。打楽器なんですよベースって。ベースってはじくじゃないですか。でもうまい人の領域になると、スラップって叩く動きで音を出すんです。それが格好よくて。ベースは打楽器だなと思ってやるんですけど、全然うまくならないんですよ。偉そうに今言っていますけど、全然スラップできないんですよ。それができたらチョー楽しいと思います。」でもベースを一人で練習するのは楽しいのでしょうか?すごい地味だけど楽しいそうです。単音でブンブンという感じで低音が響く。音の響きがお好きのようです。音楽を聴いていてもベースの音が気になって、低音の音域だけをあげて聴いてしまうとおっしゃっていました。
「一人前の内科医にすぐなれるとは思っていません。でも限りなく一人前に近い状態には早くならないといけないので、釧路でしっかり修行して知識と技術を身につけたいです。」理想の医師像は、一番は患者さんに信頼される医師。この先生に診てほしいからこの病院に来ていると思われる様な医師。その人の人生や社会背景も考えて治療ができる医師が患者さんにとって一番の医師だと思う。そういう医師になりたいそう。ポリシーは、自分が絶対だと思わない事。自分の医学的な知識や経験を過信しない事。患者さん一人一人は違った状況なので、そこで自分の蓄積した経験で過信してこれだからこうという決めつけをしないで診ていく事。
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2017.0426 O.A 杉元内科医院 杉元啓二氏

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今回は杉元重治氏の弟さん、啓二氏の登場です。スタジオにはお二人でお越しいただきました。4月から毎週木曜日の午前と午後に診察にあたっています。現在は順天堂大学医学部 附属浦安病院に勤務なさっています。やはりお父様の存在は大きく、小学校に入学した時にはもう開業なさっていたので、ずっと病院で働いている後ろ姿を見て、医師を目指されたそうです。とても頼りになる立派な医師で尊敬なさっているとのこと。「真面目にコツコツとやってきているところとか、割とみなさんの印象にあるように親しまれているところでしょうか?」と。お兄様の重治氏に関しては、「社交的というか、昔から外にでることが好きだったので、僕にはなかなかできないこと。あとは、努力家という点が尊敬しているところかな?」とおっしゃっていました。啓二氏はコツコツと勉強するタイプ、重治氏は要領よく進めるタイプだったとか。なぜ血液内科の道に進まれたのでしょう?大学を卒業して内科に進むことは決めていたそう。内科の中で研修医の時に色々な科をまわり、血液内科で、骨髄移植や末梢血幹細胞移植など、当時20年以上前にそんなに頻繁ではなかった治療にあたり、患者さんを受け持ちました。苦労した面も多かったそうですが、その3ヶ月の経験で決めたのが血液内科でした。治療が特に印象に残っていたことと、さらに、以前この番組にご出演いただいた押味和夫氏の人柄に惚れて入局したという事もあるそう。当時は押味教授の弟子として働かれていたのです。血液内科の中で、研究というと、赤血球・白血球・血小板・凝固と4つ位に大きく分かれるそう。その白血球の中の白血病・リンパ腫・骨髄腫という悪性腫瘍の中の3大腫瘍のうち、押味氏がリンパ腫を専門にされていた関係でリンパ腫に興味を持って研究なさっていました。理想とする医師像は、一番大事なのは患者さんなので、臨床を第一に考える医師。研究も大事ですが、患者さんを直に診療している先生を尊敬すると教えて下さいました。
<part2> 
血液内科を専門とする医師が少ないので、これからは少しでも地域に貢献できる様になりたいと思われています。全国的に見ても血液内科の医師は少ないそう。特に都市部に集中するので、地方は少ない医師で頑張っているところが多いそうです。続いては、趣味のお話しです。
トローンボーンをずっとやっていらっしゃいます。中学生の頃、ブラスバンドを始め、お父様にトロンボーンを買ってもらいました。中学生にとっては高い楽器だったそうですが、それを買ってもらったのです。今もその楽器を使っているとか。「でもトロンボーン仲間からは早く新しい楽器を買うように言われるんです。やはり金属なので、金属疲労等があるので・・30年も使っている人ってそんなにいないんですよね。」大学ではオーケストラで。大編成で演奏する中で、トロンボーンはその人の音しか出ない。ユニゾンで同じ音を出す場合もあるのですが、それぞれのパートで違う音を出すので、違う音を出しているのに、綺麗な和音になったりするのが楽しいと。そこが一番の醍醐味なのでしょうか。他にはマラソンをここ数年で始めたそうです。たまたま誘われたそうですが、最近は年に3回ほどフルマラソンにも挑戦なさっています。大会にエントリーしてそれを目標に続けています。それがなくなるとモチベーションが落ちたりするそう。「やればやるほどタイムが良くなるので、マラソンは頑張ればそれなりにかえってくるというか、そこが魅力ですね。」
啓二氏が思う重治氏の良いところは、優しいところ。明るく社交的なところ。直した方が良いと思うのは・・・おなかじゃないですかね。と。重治氏が思う啓二氏の良いところは・・・真面目で堅実。数学的な感性。直した方が良いと思うのは・・・基本的に口下手なところかな?と。
「患者さん第一でできるだけ辛くない、それでいて治療に専念できる環境にしていければと思います。」最後に締めてくださいました。
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2017.0419 O.A 釧路赤十字病院 内科 関真秀氏

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<part1> 
札幌出身で高校までは札幌。大学は沖縄。人の為になる仕事をしたいという気持ちもあり、またお父様が薬学の先生をなさっていて、医師になってほしいと強く思われていたそうで、洗脳されたと。最初は薬剤師の道も考えたそうですが、でも気づいたらこの道に。ですからお父様はご自身が医師になられた時には相当喜ばれたそうで、現在もそう感じるそうです。親孝行ができてよかったと思われています。内科、腎臓内科を選ばれたのは、色々考えて、医療経済的に良い仕事かな?と思ったそうです。透析も関わってくるので、透析は年間一人当たり400万円位かかるそう。一人助ける事ができれば、1年間に400万円が社会貢献できると思い、そういうところも含めてやりがいがあると感じたのです。腎臓内科はどんなことをするのでしょう?ひとつは腎臓そのものの病気、糸球体腎炎などを治療します。腎臓は色々な理由で悪くなるので、糖尿病と高血圧が多いそうですが、その様な病気を患っている方で抑えきれなくなり紹介でいらっしゃる方をできるだけ腎臓を保存する方向で治療し、腎臓をなるべく長く働く様にしていくというのも仕事。さらに、透析に関しても、日常生活の一部なので、日常生活にスムーズに移行できるようにするのも腎臓内科の仕事なのだそう。腎臓が悪くなっても自覚症状はほとんどなく、検診で見つかるそう。尿検査も大事ですが、腎機能に関しては血液検査。腎臓を悪くする要因は、色々。糖尿病・高血圧を放置しているのが一番良くないそうです。他に脱水。やはり水は飲んでほしいといつも思っているそう。1日に1~2リットル位は水分をとってほしいと。腎臓は血液を綺麗にするので、ある程度血液が流れていかなければならない。脱水になると流れが悪くなるのです。「高血圧だと動脈硬化になり心筋梗塞や脳梗塞を起こすことはご存知ですよね?そもそも腎臓は血液を綺麗にするので、血管が豊富。なので血管が痛むと腎臓も痛んでいくのです。」
<part2> 
理想とするドクターは、的確に診断できる先生。「僕の中の理想は、外来を時間通りに終わらせる先生。早く的確に診断し腎臓を少しでも透析にならないようにしていければといつも思っています。」透析患者さんになった方も良い透析ができるようにしたいと。日々の苦痛が基本的にない透析。長生きできる透析をしてほしいなといつも思っているそう。透析になると、食事と水分管理等の自己管理がとても大事。腎臓を守る為には、水が必要。でも透析になると、水分が身体から抜けなくなり、飲んだら飲んだ分身体に溜まります。透析の時に水分を抜くのですが、その時に沢山溜め込んでいると、抜くのも大変で、大量に抜くと身体の負担が大きくなり苦痛の大きい透析になるそう。本当は水分管理をしっかりしてほしいそう。しっかり管理できないと5年後10年後が大変に。長い目で見なくてはいけないのです。
趣味はパソコンを作る事と、最近はよくyou tubeをご覧になっているそうです。パソコンが好きで、働き出してから始めました。自分でパーツを選んで作ってもらうところからスタート。その後、そのパソコンを自分でハードディスクを増やす、メモリーを増やすということをし、ある程度古くなったところで、全部パーツを入れ替えました。今までに作られたパソコンは4台ほど。現在、ご自宅では自作パソコンを使われているそうです。性能が全然違うので、楽しいそう。「もう少しゲームをやらないとダメだなといつも思っています。そのパーツを普通の人が使うとしたら、ゲームをするか、自分で3Dをいじるかというところだと思います。」最近パソコンのVRを買ったそうです。Google Earth VRがすごく、足元にミニチュアの街があるみたいとのこと。そういうのも自作パソコンの面白いところだとおっしゃっていました。
「腎臓内科なので、減塩と減量をする。これを人にすすめて自分でもする。悪くなったところからその腎臓を少しでも救えるようにするのがポリシーかな?」
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