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2017.0920 O.A 太平洋記念 みなみ病院 内科 岡澤林太郎氏

岡澤dr.jpg
<part1> 
内科医になられて20年、みなみ病院で働かれて10年になるそうです。以前ご出演いただいた時に緩和ケアの勉強をなさっているとおっしゃっていました。今回は、その緩和ケアについて色々とお話しを伺いました。
以降は先生からの文章から一部を抜粋して掲載させていただきます。「7年前に母親を病気で亡くし、亡くなりゆく患者さんやご家族のケアが本当に大切なものであるとの認識を強く抱き、それより緩和ケア活動に力を入れて参りました。2012年4月に当院に多職種よりなる緩和ケアチームを結成し、定期的カンファレンスを実施。当時当院の病棟看護師が緩和ケアに慣れていなかったため、繰り返し学習会を行いました。苦痛少なく患者さまをお見送りできるために「モルヒネ」「入眠剤」などの使い方を徹底的に指導。そして市内医療機関より緩和ケアの患者さまをご紹介いただき、当院の病棟で看取らせていただいて参りました。その数は5年間で150名を越えています。病院の看護師の緩和ケアのスキルも向上し、以前に比べ患者さまへのケアもかなり良くなっていると感じております。その様な中、職員の意識が高まり、病院全体の雰囲気もより患者さまに優しく暖かいものに変わってきていると実感しています。数年前まで病棟で働く看護師の不足に悩まされてきましたが、若い正職員が勤務する様になり、病棟看護師の平均年齢も10歳以上若返り、病院全体が活気づいてきています。しかしながら現在の障害者病棟での緩和ケア活動の限界も明らかに・・。以前に行った看護師へのアンケート結果によりますと、緩和ケアの患者さんと一般の患者さんを一緒の病棟で看護する中では、緩和ケアの患者さんを十分にケアする時間的余裕に乏しく、満足するケアを提供する事ができず、その為仕事のやりがいが感じられにくくなっている現状があります。現状の体制ではこれが精一杯であると感じています。釧路市には緩和ケア病棟はまだ一つもありません。道内で約20カ所あり、来年度には帯広市で2カ所の緩和ケア病棟が開設。釧路地区に緩和ケア病棟ができる事は市民全体にとって大きな恩恵があると考えております。」
くしろ緩和ケアネットワーク http://kushirohospice.racms.jp/
<part2> 
現在の岡澤氏の目的は、釧路地区に緩和ケア病棟をつくること。釧路で自分の家族がガンに侵され、終末期を迎えた時に安心して命を預けられる病院・病棟を設立する事なのです。彼の熱い思いはラジオを通してお聞きいただいた方には届いたことと思います。さて、9月23日に「地域に根差した緩和ケアを育む」という研究会が釧路で開催されます。実際に地域に根差した緩和ケア病棟を創り上げた北見と函館の院長や看護師の方のお話しや、地元釧路での緩和ケアの現状についてのお話しが聞く事ができます。
9月23日(土)13:00〜17:00  釧路市生涯学習センター まなぼっと幣舞 大ホール
第1部 記念講演「地域に根差した緩和ケア病棟を創り上げる」
 座長:札幌医療生活協同組合 札幌南青洲病院 理事長 前野宏氏
   13:00〜13:30 北見赤十字病院 がん看護専門看護師 部川玲子氏
   13:30〜14:30 医療法人 敬仁会 函館おしま病院 院長 福徳雅章氏
第2部 シンポジウム「釧路地区の緩和ケアの現状」14:45〜17:00
 座長:医療法人社団 サンライブ 杉元内科医院 院長 杉元重治氏
・市立釧路総合病院における緩和ケア:市立釧路総合病院 緩和ケア認定看護師 野呂真貴氏
・当院の緩和ケアの現状と、薬剤師としての関わり:釧路労災病院 薬剤師 小島佑太氏
・ケアマネジャーのチームアプローチ:ふわり居宅介護支援事業所 認定ケアマネジャー・看護師 森美佐子氏
・みなみ病院の緩和ケア活動と、緩和ケア病棟構想:みなみ病院 診療統括部長 岡澤林太郎氏
・・・・・・・・・・・・
入場無料、申し込み不要です。興味のある方、ぜひ足を運んでみてくださいね。
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2017.0913 O.A 杉元内科医院 院長 杉元重治氏

杉元dr.jpg
<part1> 
9月は様々な講演会やフォーラムが釧路で開催されています。
今回は9月15日と30日に行われる講演会について伺いました。
まず、9月15日の講演会について。
釧路地区学術講演会 「釧路地区の在宅医療を考える会」
特別公演に医療法人社団ナラティブホーム ものがたり診療所 所長の佐藤伸彦氏のお話しがあります。
詳細はぜひ会場でお聞きいただきたいのですが、彼は救急医療をなさっていて、その後在宅医療の道にすすまれた方だそうです。
漢字の「命」平仮名の「いのち」の違いについてのお話しも聞くことができるかもしれません。
また、実際に富山県砺波市での「地域包括ケアとものがたりの実践」についてもお話しをなさるそうです。
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日時:9月15日(金)19:00〜20:10  ※入場無料
会場:ANAクラウンプラザホテル釧路 2階「芙蓉」
座長:医療法人社団 サンライブ 杉元内科医院 院長 杉元重治氏
演題:「地域包括ケアとものがたりの実践」
演者:医療法人社団 ナラティブホーム ものがたり診療所 所長 佐藤伸彦氏
<part2> 
続いて、9月30日の講演会について。
医療・介護の情報連携のお話しです。
平成27年の介護保険法等の改正により、平成30年4月までに各市町村において、在宅医療・介護連携に関する8事業を一体的に推進しなければならないそうです。在宅医療・介護の現場では、各事業所と各専門職が多岐にわたる様々な情報を共有して、より良いケアを目指しています。
医療・介護の情報連携を進化・深化させていくために、今後どのような取り組みが必要になるのでしょう。
増え続ける業務に追われながらより良いケアを目指すためには、多機関・多職種の協働が必要であり、その一つとして「情報共有」が重要になってくるのです。
杉元氏も実際にご自身で現在実践しているところで見学をなさり、これからの釧路の医療・介護の世界に必要だと思われたシステムです。興味のある方は誰でも参加okですとのこと。
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日時:9月30日(土)17:00〜18:30  ※入場無料
会場:杉元内科医院 アネックスホールみその
演題:「医療介護連携ICTシステムの現状と導入の進め方」
演者:株式会社 ストローハット 社長 鈴木晢氏
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2017.0906 O.A 市立釧路総合病院 研修医 澤井健之氏

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<part1> 
釧路には2016年からの勤務ですが、生まれは釧路。小学校4年生までは釧路で過ごされました。20年以上ぶりの釧路、駅前の雰囲気はなんとなく覚えている感じだったと。戻ってきてみるとだんだん思い出すこともあるそうで、「ここ通学路だったな」とか「この店なくなってる」という事もあるとおっしゃっていました。
この道に進んだ一番のきっかけはお父様が医師だったから。釧路では市立釧路総合病院で循環器内科医をなさっていました。当時、土曜日や日曜日にお父様の回診について行った事もあり、その時の事を覚えて下さっている看護師さんが今でもいらして少し恥ずかしい感じもあるとか。当時、日中のお父様の働く姿を見る事ができて、病院での姿がとても印象的だったそう。お父様のすごいと感じるところは、回診についていった時に患者さんからすごく感謝されている姿を見たり、父親の子供というだけで優しくしてくれたり・・・そういう場面から父親は患者さんから慕われているのかな・・すごいなと思った記憶があるそうです。現在、消化器内科か呼吸器内科に進むかを決めかねているそう。循環器内科は、アクティブというか、1秒を争う様な現場が多い。そういった所よりも少し落ち着いて一つ一つ考えて行動をとれるほうが、自分には向いているのかなと思っているそうです。呼吸器はどちらかというとお薬を使って治していくイメージがあり、消化器は、内視鏡を使って治していくというイメージ。お薬も当然使うのですが、手技が多いのが消化器内科。どちらも良いところがあるので、自分の進路としては迷っているそう。「どの先生も患者さんに対する対応は尊敬できるし、すごいなと思うところがあります。でも同僚とか、後輩に対しても自分の時間を割いてくれる先生は、研修医になってみるとすごい存在だなと。自分が教える立場になったらその様な先生のように振るまいたいなという気持ちがありますね。患者さんのみならず、スタッフからも慕われる先生を目指したいですね。」
<part2> 
部活は中学の頃に硬式テニスをやっていたくらいと。でも全国大会に行かれたそう。全国に行ってやめるとずっと全国出場と言えるから・・・なんて。中学校では、硬式テニスをやっている所が少なく、団体戦を組める学校が全道で4校しかなかったそう。ですから3回しか試合がなく、3勝すると全国に出場できたそう。
その他にはデコレーションが趣味と。元々細かい作業が好きで、作る事も好き。暇つぶしで始めたところ、評判が良くて、皆から言われると作っているそう。先生のスマホはミッフィーのピンクでキラキラ。スマホ以外ではペンケースとかウォークマン等をキラキラにしているそう。下絵はパソコンで選び、縮小拡大を繰り返しちょうどよい大きさにして、スマホだったらスマホのケースの上に貼り、同じ色のラインストーンを1個ずつ貼っていくというもの。ピンセットでストーンを置くので、とても細かい作業。目も疲れるそうですが、それをやっている時は、周りのことを忘れられるので、無心になれるのでストレス解消法になっているそう。色々なキャラクターを頼まれる事が多く、自分の知っているキャラクターだと問題ないそうですが、訳がわからないものを頼まれると難しいそう。自分がよいと思ってもダメだしをされて直す事もあるとか。他には料理もなさいます。焼き魚が多いそう。焼き魚に大根おろし多めがお好き。さらにポン酢で食べる。どんな魚もそう食べるそう。両手いっぱいの大根おろしは毎回欠かさず。大根の値段は常にチェックしていると。それから、UFOキャッチャーもお得意。手先が器用なんですね。大学の時に急にはまり始め、景品には興味ないけれど、とれる事が楽しいと。最初の100円でその台を続けるか、他の台にするのかを見極める、それが大事とおっしゃっていました。今はとにかく与えられた仕事を一つ一つ身につけていく事をしっかりやり、できれば将来、今教わっている事を釧路の人達に還元できれば・・・・・と嬉しい言葉でしめて下さいました。
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2017.0830 O.A 市立釧路総合病院 整形外科 下段俊氏

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<part1> 
釧路には通算6年目。お父様が外科医。子供の頃から憧れがあり、漠然と医師になりたいという気持ちはずっと持っていらっしゃったそう。純粋に人を助けているお父様の姿を見ていて、頑張れば頑張るほど、多くの人を喜ばせる事ができる、これ以上の仕事はないのでは?と思ったそうです。「70歳になって今も僕と同じ様なペースで働いているのを見るとあらためてすごいなと感じますね。」整形外科を選ばれたのは、ご自身が受験勉強をしている時にお父様が夜中に病院に呼ばれて・・・という事が少なくなく、外科は大変そうだなと、身の丈にあっている方が良いかな?と思ったこと。そして、外科はガンの患者さんを看取ることもあり、自分には辛くて、自分にあった診療ができる方が良いかなという事で選ばれました。
整形外科の中でも主に下肢、股関節、骨盤等を診られています。外来では、変形性関節症、膝が軟骨がすりへって痛い、股関節が痛いという方が多いそう。一番手術が必要になってしまう患者さんで多いのは転んだ事による大腿骨近位部の骨折。ご高齢の方だと家の中で寝起きにつまづいて転ぶというケースもあるそうです。防ぐ方法はあるのでしょうか?身体を支える筋力が非常に大事なので、まず身体を鍛える事。でも、ご高齢の方には鍛える事も難しい。そこで骨を丈夫にする。倒れた時に耐えられる様な骨を作るという意味で、骨を治療するそう。骨阻喪症に対する薬も色々出ているので、骨密度の検査をして数値が低ければお薬を飲んだり、また、日常生活でできる事として、食べ物の管理。カルシウムやビタミンD、日光を浴びるのが大事と。
医師13年目の下段氏の理想の医師像とは、患者さんの為に怒る事のできる人。患者さんの為を思って厳しく指導できる人。スタッフ間でも普段は仲良くても怒る時は怒れる人は目指したいところであり、そういう方は尊敬しますとおっしゃっていました。
<part2> 
インドア派、家でゲームをなさる事が多いそう。家に帰ってお風呂に入って晩酌をしながらゲームを楽しむのがよくある毎日とか。たまに酔っ払ってしまいいつの間にか寝てしまうことも。ドラクエの10がオンラインゲームで1〜2年毎にストーリーが進むそう。4〜5年経っているけれど、まだストーリーが完結していない。それを昔からやっているので、今もやっている感じと。発売初日に友達に誘われ購入し、それが初めてのオンラインゲームとの出会いでした。ストーリーを純粋に楽しむという他に、オンラインゲームの特徴として、知らない人と一緒に力を合わせて何かをする事ができたり、知らない人に助けてもらったりする事がよくあるそう。助け合いというか、知らない人に助けられる非日常的なしあわせが、嬉しいとおっしゃっていました。
他の趣味は、映画鑑賞。ご実家で映画専門のチャンネルを登録してあったので、よく見る機会があったそうです。俳優の名前を覚えて見ることが多かったそう。昔知っている俳優が意外なところに出ていたり、それを探す楽しみもあると。好きな俳優はエド・ハリス。「ザ・ロック」というサンフランシスコの刑務所に立てこもりテロをおこす映画で、テロをおこす側のトップ、悪役。でも信念というかそういうものを感じて特別どこが良いというのではないが格好良くて好きとおっしゃっていました。一番好きな映画は「ショーシャンクの空に」後味すっきりの映画。最後は笑って終わる映画がお好きとのこと。
大学の部活は、アルペンスキーと軽音学部。ドラムを担当。夏はバンドで幅広いジャンルを演奏なさったそう。でもメロディック・ハードコア、メロコアが多いそうです。高校受験の時にX JAPANを聞いていて、YOSHIKIさんのドラムがすごいなと思ったのが始めたきっかけと。
「怪我の治療をする事が多いので元気に歩いて帰る患者さんを見る時が嬉しいですね。そうではない患者さんもできるだけ満足させる事のできるようなゴールを見つけることができるおつきあいをしたいです。」
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2017.0823 O.A 市立釧路総合病院 整形外科 清水寛和氏

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<part1> 
アウトドアが好きで、中学高校は特にスポーツが好きでサッカーをなさっていました。怪我をしてドクターにお世話になることもあり、高校3年の時にスポーツドクターの存在を知るのです。それで医学にチャレンジなさったと。それまでは研究者に対する漠然とした憧れもあったそう。でも医学部へ進むと研究することもあり、さらにスポーツドクターみたいなこともあり、幅のある職業かなと思ったとのこと。一番の動機がスポーツドクターだったこともあり整形外科の道へ進むことに。
外来にも出始め、戸惑うことも多いそうです。看護士さん他、他のスタッフに助けられているとおっしゃっていました。一番大変な事は、切り替えなければならないという事。患者さん一人一人が性格も違い、訴えることも違います。もちろん治療法も違います。医学的な事と人柄等をみながら、どういった治療をしなければならないのかを限られた時間の中でコンパクトにやるのがなかなか大変と・・・。
でも嬉しいこともあったそう。「女性の患者さんを診ていて、その方が次いらした時に一緒に夫も診てほしいと言われた時には、少し信頼されているのかな?と思って嬉しい気持ちになりましたね」
大学の医局の先輩でマリノス等のDr.をなさっていた先生がいらして、そういう方面に興味がありました。でも実際に働いてみると、外来に限らず手術室、救急、病棟、その場に応じて指導ができたり、その対応ができる上司の先生が沢山いらっしゃるので、その様な先生方を見ているとすごく勉強になり、こうあるべきなんだと思う事が多々あるそうです。「スポーツドクターも一つの選択肢だと思うけれど、今はやるべき仕事をきちんとできる様になりたいです。首から膝、脚まで診ることができる様に。興味深いのは、神経系の働き。神経は脳からでて脊柱を通り、上肢下肢にいきます。それを一つ一つ考えていくのに興味が湧いたんです。」
<part2> 
小・中・高とサッカーをなさっていました。動きまわって一つの共通の目標に向かい、自分なりの長所を生かして達成できるのが魅力と。MF、役割としてつぶし役だったそう。相手の上手な選手が中盤と攻撃の橋渡し役になるとしたら、そこをつぶして、最初の守備をする・・・みたいな事が多かったそう。部活の醍醐味は、練習の後にみんなで食べるご飯。辛い合宿や練習の後にどこかに行くというのが今考えると良いなと思うと。好きな選手は中田英寿。不言実行的なところが格好良いなと。
北大の整形の医局はコンサドーレのチームドクターをやっているそうです。天皇杯の時にスタジアムのドクターをやらせてもらい貴重な体験をさせてもらったとおっしゃっていました。
大学時代はクロスカントリーを。クロスカントリーも結構瞬発力が必要とされる部分もあり、マラソン的要素もあるけれど、サッカーで培ったものを生かせると思ったそうです。他の趣味は読書。特に村上春樹がお好き。中学2年の夏の課題図書で「ノルウェーの森」を読み、そこから一気にファンに。村上春樹は自分の世界観を大事にしていると思う。それが確立されていて、ぶれていない所が良いそう。感情を語るのではなく、人物を周りから描くあたり。背景からその人物をどういう人かを描写するあたりが好きと。
研修医が終わり、1年間アメリカの大学に留学。アメリカ人にとっての外国人、例えば、スウェーデン人・中国人・韓国人等のこれから医師になる人たちと一緒に勉強なさったそう。アメリカの医師になりたいという人が多く、刺激になったそう。同じ整形外科でもアメリカと日本では違うそうです。「みんな自分はこうなりたいと最初に言うんです。だからこの勉強をしていると。でも日本人は違いますよね。そこがギャップで面白かったです。今でも交流は続いていますよ。」
まずは求められる事を完璧に近い形でできる様になること。とポリシーをきっぱり語って下さいました。
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2017.0816 O.A 釧路赤十字病院 産婦人科 藤野翔太郎氏

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<part1> 
香川生まれ。今の時期は30度越えは当たり前の季節。香川の自慢は讃岐うどん。さらに、気候的な面で、雨が少なく過ごしやすいそう。そして、瀬戸内海は意外と綺麗と。しばらくぶりに地元に帰った時に瀬戸内海に行ったら意外と透き通っていて綺麗だなと感じたそう。「釧路に来て美味しいなと感じたのがツブ。刺身で食べるのが美味しい。歯ごたえかな。向こうにはないですね。貝で食べるのはアサリとかなどの二枚貝が多いです。」香川には高校生迄。大学が北海道で、釧路には2015年に。釧路の魅力は、雪が少ない&夕日かな。
「小さい頃から大きくなったら何になりたい?と聞かれますよね。サッカー選手とか、ケーキ屋さんとか答えますよね。それはたぶん何をしているのかが明確だからだと思うんです。市役所勤務ってその時から言う人ってなかなかいないと思うんです。それは何をしていないのかわからないからだと思うのです。少し大きくなって職業を知り始めた時に医師という職業は何回か病院に通った事もあり、見た目にも格好良い感じもするし、目指す理由ができやすかったんです。」ご自身が小児の時に病気がちで入院していた事もあり、多少影響があったのかもしれません。その時の事はあまり覚えてはいないそうですが、断片的に頭の中にあると。
医師も最近は専門医の細分化が進み、その科に入ってちゃんと仕事をしてみないと医師の中でもよくわからないという事があるそう。その点、産婦人科は、特に産科は妊娠してから産むまでをきちんと診るという目的がはっきりしています。そして、妊婦さんを診る場合、本人と同時にお腹の子供の事も気遣わないといけないという事で、ある意味専門性が高いと。医師になって3年目、今はこれだけに特化してというのではなく、幅広くお産も婦人科の病気も診る事のできる医師になりたいそう。ひと昔前の産婦人科医の様に一人で全部を診るという時代ではないので、今は、ある程度病院の科全体で、みんなの患者さんを診るという形。何かあった時に全員でフォローする形でやっているのは良いなと思うとおっしゃっていました。
<part2> 
究極の理想を言えば、たぶん医師の理想はブラックジャックの様な何でも自分でできる医師。これだけ細分化されてきた世界なので、自分が手が届く範囲と、そうではない範囲というのが、自分の産婦人科の中でも出てくると思うと。苦手とするものは、ある程度人に頼っても良いのではと思うとおっしゃっていました。無理をしない。無理をして患者さんに迷惑がかかることだけは避けるというのを日々意識はしているそうです。
趣味は、たまに地元に戻ったり、南の方に行って釣りをすること。小学校の低学年からブラックバス釣りをなさっていました。高校生まで暇があれば出かけたそう。「待つんじゃないんですよ。誘っている。ルアーを使って誘うのです。その誘い方も色々あるし、種類もたくさんある。釣り全般に言えることですけど、いつくるかわからない。ぼんやりと別のことを考えていた時に、ふと魚がくる。・・で逃してしまって『あぁ』と思う。それが楽しいんです。」と魅力を語って下さいました。最初は釣り上げるのが楽しいそうですが、数を重ねると、釣って大きい小さいというのは二の次になってきて、不意打ちをくらう楽しさに魅力を感じるそう。予想通りの釣りができればそれはそれで楽しいし、まったく別の角度からきても楽しいと。
他に部活ではバスケットボールを小学生から大学まで。スラムダンクと同世代。バスケは他の競技と違って、点が入りやすいので、流れが目に見えやすい。試合の流れが1試合の中で何度も動いているのがわかるのが良いそう。サッカーでもそれはあると思うのですが、それよりもっと点数に現れるというか、空気感に現れる感じがあるとおっしゃっていました。「皆さんが理想とする医師はそれぞれ違うと思います。沢山話を聞いてほしい、話さなくてもきちんと検査をしてくれればそれで良いとか、それぞれの性格があるので、その様な部分もくみながらその人に合わせた診療をできれば良いなと思います。」
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2017.0809 O.A 市立釧路総合病院 研修医 酒井光太氏

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釧路の第一印象は魚が美味しい。実は2年位前に釧路大漁どんぱくのお祭りにいらして、その時食べたサンマがとても印象的だったそう。湿原のカヌーでの川下りも体験して釧路に対して好印象をお持ちだったと。研修医としては今年の4月からの勤務。茨城出身、北海道に憧れ大学は札幌へ。仕事は慣れた部分と、まだ仕事が遅いので日々結構疲れると。仕事が忙しいとついつい夜に遊びたくなり夜更かしをしてしまうみたいです。
お父様が歯科医。やはり身近な職業だったのです。漠然と幼稚園に通っている頃から、大きくなったら歯医者さんと思っていたそう。ウルトラマンでもなく、アンパンマンでもなく。幼き頃からの夢だったのかもしれませんとはご本人の弁。大きくなり、人と触れ合うことが好きなので、そういう仕事がしたい。人を笑顔にする仕事がしたいと思う様に。やはりお父様の姿を見ていて、話しを聞いていて歯科医が良いかなと思ったそうです。お父様は開業医。全て自分で対処をしなければならないし、治療が遅くても自分で解決をしていかなければならない。身近に相談する相手がいない中でやっていけるのはすごいなと感じるそうです。
学生時代に興味がわいたのが、入れ歯の分野と歯科口腔外科。お祖母様が、お父様の作った入れ歯をしていて、なんでも噛めると言って嬉しそうにご飯を食べている姿を見て、入れ歯専門の科も良いかなと思われたそう。ご自身は今まで一度も歯科治療を受けた事がないそうです。別に歯磨きの仕方を教わったということではなく、体質的に虫歯になりにくいのかな?とおっしゃっていました。「そういえば大学にいる時に親知らずを抜きました。その時が初めての麻酔でした。先生に麻酔をしてもらう時もなぜかニヤニヤしていました。」
第一に人を笑顔にできる医師になりたいと。お祖母様が入れ歯をつけ「硬い物でも食べれる」と言った嬉しそうな顔が印象的だったので、その様に人の役に立てるようになりたいとおっしゃっていました。
<part2> 
趣味がバトミントンとスキーと映画を見ること。近所の同級生のお父様がクラブの監督を始めるから来ない?と誘われた事がきっかけで小学生からバトミントンを。中高一貫校で、バトミントン部がなかったので部活を作ってしまいました。やっと部活ができたのが高校1年の頃。「バトミントンはシャトルが1回でも自分のコートに落ちたら負けなので、相手が打った瞬間に軌道をよまなければならない。その中で、多彩な技を使いながら、相手を騙し騙し倒していくという、心理戦も大きいので、そういうところに魅力を感じます。」初速はどんな競技よりも早いとか。相手の動き方、振り方を見て動く人もいるそうですが、レベルが上がってくると、動き方とは違う方向に打つフェイントをいれたりする選手もいるそう。お互いのフェイントの読み合いや駆け引きがあるのでそこがどんどん惹かれていったところなのでしょう。もちろん大会にも数々出場なさっています。毎年各地に飛んでいたそう。去年、全国で団体優勝をして有終の美を飾ることができたそうです。
また、年に1度位、家族で群馬や長野方面にスキー旅行に行かれていたそう。小さい頃からスキーは良いなと思っていたと。スキーがやりたくて北海道にいらしたそうです。大学に行きながらバイトでお金を貯めて、まずはスキー板を買ったと教えてくれました。「僕は北海道ではスキーは上手と一言も言わないようにしています。」本州だったら普通位に滑れると言うのですが、北海道の普通はレベルが高すぎると感じると。
もう一つの趣味が釣り。千代の浦ですでに楽しまれたそう。大学時代の中標津出身の友人がとても釣りが好きで、彼に誘われて始めたのです。千代の浦では、ソイとアブラコと小さなカジカを釣ったそうです。友達と鍋パーティをして、煮付けを作り、全部食べたと。「魚介類が大好きなので、釧路に来て幸せすぎて・・・」とおっしゃる酒井氏は、自分に妥協しない医師になりたいと最後に力強く語ってくれました。
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2017.0802 O.A 釧路赤十字病院 外科 藤井康矢氏

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<part1> 
お父様が医師、お母様が教師。小さい頃から厳しい家庭で育ったそうで、中学高校は一貫校へ。言われるまま勉強をし、高校3年でやりがいのある仕事を考え、この道へ。お父様は外科で今は広島で開業して町医者として働かれています。結局お父様と同じ道を選ばれ、「レールに乗ってしまった感じかな」と。お父様の働く姿は小さい頃からご覧になっていました。小さい頃は5年位病院に住んでいたり、とても身近な職業だったのです。働くお父様の姿は、小さい頃はそれが普通だと思っていたけれど、今思えば、病院を支えて、すごく頑張ってきたんだなと。家庭を支えること、早くして病院をつぎ、若くから支えてきたので、すごいなとおっしゃっていました 。外科を選んだのも、お父様の影響は相当あるみたいです。人の命に関わることに携わりたいと思ってきたので、例えばガンを治すためには、内科的治療はもちろん大事ですが、外科的な治療をできた方が幅が広がるかなと思い、他にはスポーツを昔からやっていたので、手を動かす事も好きだったということから外科を選ばれました。医師になられて3年目。働いてみて思ったことは、勉強したことがそのまま知識として使うことはできるのですが、うまくいかないことが多いと感じるそうです。手術しても合併症などで入院が長くなったりということもあります。こういう場合にはこういう治療をすると習ったこと以外の、その後も大事だと、流れとして一つ一つ細かいところも大事になってくる・・・それは働いてみないとわからないと感じたそうです。専門は消化器外科、乳ガンに携わっていこうと思われています。一般的で症例も多く、数多くの人にふれることができると思うから。現在思うことは、一言で言うなら、ガンの患者さんがとても多いので、ガンを治せるようになりたいと。もちろん早期のガンであればオペして化学療法などで治る方も多いのですが、進行したガンに、少しでも改善できる方法とか、新しい方法が研究などで見つけることができたら最高だと思うと教えていただきました。
<part2>
出身が広島、その後、東京、千葉、大阪などを経て、北海道釧路へ。小中高とソフトボール。大学では野球を。本当は野球をやりたかったのですが、中高と野球部がなかったそう。大学時代は野球部と居酒屋に。他の趣味はスポーツ観戦。小さい頃からカープの試合をスタジアムでみていました。サッカーは見るのは大好き。Jリーグの試合や日本代表の試合を見にいったり。海外にも行かれています。イタリアやイングランドにもサッカーを観るという目的で出かけたそう。昔から好きだったのは、柿谷選手。彼がJ2でくすぶっていた時にも応援していたと。足にボールが吸い付く様なプレイ、若い頃から天才と呼ばれていた、それで好きになったそう。なかなか出てこなかったそうですが、いつかくるいつかくると言い続け、前回のブラジルワールドカップで代表になり嬉しかったと。他の趣味がバイク。バイクは大学の時に免許取得、釧路にいらして3ヶ月目くらいにバイクを購入。知床、別海、稚内方面に行かれたそうです。バイクの魅力は爽快感。風は気持ちよいし。バイク仲間ですれ違い時にお互いに手をあげて挨拶してくれるのですが、最初は戸惑って恥ずかしかったのですが、段々手の上がる角度が上がり、今では自分からやるとおっしゃっていました。バイクはヘルメットが結構きついそう。髪がぺちゃんこに。お風呂上がりにぺちゃんこになって家に帰ってまたお風呂に入るのは面倒なので、バイクと温泉は別物。温泉に行く時には車で行かれるそうです。温泉は道東は一通りクリア、中標津の養老牛温泉が最高だったと。ストレス解消法が寝ること、温泉に入ること。「僕が一番幸せに感じるのは、休みの日に一度起きてもう一度寝ること。二度寝がめちゃくちゃ気持ち良いんですよ。」
ポリシーは、患者さん、一緒に働いているスタッフと向き合い働くこと。勉強をするとか、手術がうまくなるとかは経験だと思うし、当たり前だと思うから。
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2017.0726 O.A 市立釧路総合病院 研修医 宗岡広弥氏

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<part1> 
この6月に釧路にいらしたばかりです。お父様も医師。物心ついた頃から医師という職業は考えていたそうです。精神科医をなさっていたので、医師というより精神科医になりたかったと。お父様から精神科関連の本を渡され、それを読んでいたこともあり、もともと興味があったので、自然とこの道へ。お父様が勤務医時代には病院に遊びに行ったり、お弁当を届けに行ったりしていたそう。普段の家にいる時と働いている姿が違いカッコ良いなと思っていたそうです。「僕の感覚の話しになってしまうのですが。人の身体は心の感覚に比べると基本的には同じだと思うんです。病気になるとしたらどこかが機能しなくなってしまう。すると同じ症状がでる。でも、心はみんな違うと思うんですね。身体の違いに比べるとすごく違うと思う。でも、病気となると、みんな症状が似ている。これが僕興味深いと思ったんです。」人の心という、本当にわからないものでも、実は何かわかるのではないか・・みたいな。そういうワクワク感を強く感じたそうです。理想と現実のギャップは感じることもあるそうですが、ずっと考えていた世界なので、今はとても楽しい時間を過ごしているとおっしゃっていました。現在は精神神経科の上司とともに外来に出て、患者さんがおっしゃったことを記録したり、また、新患の方に予診という形で全体のお話しを30〜40分位お聞きする。あとはカルテをまとめて上司に添削していただいたりという毎日を送られています。興味のある分野は中毒学。薬物依存とかアルコール中毒とか、そういう分野に興味を持っているので、その研究をしてみたいそうです。人の脳の中に報酬を出すところがあり、この回路の仕組みが面白いと思うと。「患者さんは色々な感情を抱えて病院にいらっしゃいます。その中から一番大事なコアな部分を見抜き、すばやく判断して、臨機応変な対応力を身につけ適切なアドバイスができるというのが良いと今は思っています。」と現段階での理想像を語って下さいました。
<part2> 
趣味はエレキギター。中学の頃お父様が3日位で挫折して放り投げてあったフォークギターからはいったそうです。弾ける様になったのでエレキを買ってもらったと。高校・大学時代バンドをやっていました。テレビ番組のタモリ倶楽部を見ていた時に、マーティ・フリードマンが出ていて、その方がメガデスというバンドのもとリードギターでとても上手なのだとか。彼がタモリ倶楽部で演奏しているのを見てエレキをやりたいと思ったそうです。そこがスタートです。今もなるべく毎日触る様にしているそう。趣味全般に言える事かもしれませんが、できなかった事ができる様になるのが良いと。現在、アドリブに取り組んでいるそうです。やればやるほどできない事が見えてくると。今は、一人で遊んでいるけれど楽しいとおっしゃっていました。
他には筋トレ。ヘヴィメタルのザックワイルドというギタリストがいて、めちゃくちゃムキムキな体をなさっています。腕が丸太くらいあると言われているとか。その人のギターがもともと好きだったそうです。フレーズ自体も力技というか、普通の人が出せないような音を出すそう。筋肉を使っているのでは?という音なのだとか。そこで筋トレを始めたとおっしゃっていました。ベンチプレスとか懸垂とか上半身ばかりを鍛えるものをやっていたそうですが、実際見た目も筋肉を感じる身体です。現在は、なかなかジムに行けず、一人で公園でトレーニングをなさっているそうです。
聞き上手になりたいとおっしゃる宗岡氏は、お話しをしていると穏やかな感じがするのですが、ギターのジャンルも筋トレも激しい感じがするので、私には内面に激しく燃えるものをお持ちなのだと伝わってきました。
「これから仕事も少しずつわかってくると思うので、釧路でしっかり仕事を覚えて、最大限吸収して、札幌へ持ち帰りたい。そしていつか釧路に戻ってくるかもしれません。」と最後に嬉しいお言葉をいただきました。
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2017.0719 O.A 釧路三慈会病院 麻酔科 中田健夫氏

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<part1> 
東京生まれの東京育ち。現在は月曜日から木曜日までは釧路、金曜日は東京で勤務なさっています。
北海道は大好きで毎年旅行にはいらしていたそうです。函館に旅行していた時にうとうとしていたらふと「そうだ!北海道で働いてみよう」と思われたとか。最初は国立大学の工学部に進まれたそう。1年工学部で勉強し、そのまま翌年医学部を受験し入り直したそうです。はじめは外科でしたが、目を悪くして、そのまま手術室の中で働きたいと思ったこと。そして外科の時に麻酔科の勉強も並行してやっていた事もあり麻酔科へ進みます。外科は7年。麻酔科は訳のわからない世界と。結果が良いのか悪いのかわからない時は多々あるそう。麻酔科は出来て当たり前みたいなところもあり、100%を求められるところが少々辛いとも。麻酔薬というものを身体に入れてなぜ人が眠るのかという事は未だに解明されていないそう。それがどれ位の量を入れるとだいたいどれ位で目が醒めるのかという事はわかっているのですが。今はコンピューターのシミュレーションで予測もできるそうです。麻酔科の仕事は眠らせる事、痛みをとる事、そして手術中の患者さんの身体の管理。例えば、心臓を一定の強さで打たせる、呼吸、どれくらい尿がでるかとか等の全身管理です。
4年ほどシンガポールの病院で外科、総合診療をなさっていました。英語が得意だったという事もあるそうですが、海外で一度働いてみたいと思ったそう。シンガポールでも有名な病院の一つだったので、世界中から優秀な医師が集まってきていたそう。外国人の医師が全体の2割。技術が世界中から集まってくる感じだったと。色々な民族がいるので、英語を話していると思ったら中国語になっていたり、他の国の言葉が混じったり・・面白かったそう。シンガポールは独特の訛りがあり、シングリッシュと言い、中国語の文法で英語を話すそうです。中国語訛りの英語なのですごく難しく、3ヶ月位はまったく会話ができなかったそうです。
<part2> 
医師23年目の中田氏に理想の医師像を伺いました。淡々と目の前の仕事をする方。感情移入一切なく。それを目指しているそう。みんな同じ様にやらなければならないから、淡々といつも同じ品質を提供できればそれが理想だと思っていると教えて下さいました。
現在のストレス解消法は温泉。趣味はカメラ。高校生からのカメラ歴をお持ち。被写体は釧路は何と言っても夕焼け、たまに星空、あとはタンチョウが多いそう。釧路の被写体は最高ですよと。東京では夜景や街中の人が歩いている風景が多いそう。釧路の夕焼けは今までみた中で最高。色もシュチュエーションも良い。これからは動物等も撮影してみたいそうです。旅行は南米の果てまで行かれています。20カ国位は行かれているのですが、一番気に入ったのはアルゼンチン。生まれて初めて地平線を見た事と、空がとにかく青くてきれい。街はオシャレとおっしゃっていました。2度行かれているのですが、もう一度行きたいですねと。あとメキシコ。この2カ所は印象的だったそうです。そして、着物を着て礼儀作法を身につけるのも良いと思い10年位前から始めたのが香道。基本的には流れがあり、まず香りを2つ3つ出されるそう。それを自分の鼻で覚えてあてる。その後10個位出されて香りをあてる。香りにそれぞれ和歌の由来があり、これを書道みたいに記載していくというものとか。非常に難しいそうです。シンガポールに住んでいる時に線香等がいっぱい売っていて家でよく焚いていたそうです。お香を焚いていたらストレス解消になったと。日本に帰ってきたら香道というものがあったな、ストレス解消になるかなと思いやり始めたら、稽古が大変でむしろストレスが溜まったと。覚えることがいっぱいあって大変なのだそう。流派によって使うものが決まっているそうです。流派は大きく分けて2つ。武士の作法から始まった流派が志野流。公家から始まった流派が御家流。中田氏は志野流で、作法が全然違うそう。「お香も良いものは香りが全然違います。なんとも言えない香り。お香の香を嗅ぐとみんなお腹が鳴り出すんです。副交感神経が刺激されて非常に穏やかな状態になるんです。すごく疲れがとれます。」
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