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2017.0726 O.A 市立釧路総合病院 研修医 宗岡広弥氏

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<part1> 
この6月に釧路にいらしたばかりです。お父様も医師。物心ついた頃から医師という職業は考えていたそうです。精神科医をなさっていたので、医師というより精神科医になりたかったと。お父様から精神科関連の本を渡され、それを読んでいたこともあり、もともと興味があったので、自然とこの道へ。お父様が勤務医時代には病院に遊びに行ったり、お弁当を届けに行ったりしていたそう。普段の家にいる時と働いている姿が違いカッコ良いなと思っていたそうです。「僕の感覚の話しになってしまうのですが。人の身体は心の感覚に比べると基本的には同じだと思うんです。病気になるとしたらどこかが機能しなくなってしまう。すると同じ症状がでる。でも、心はみんな違うと思うんですね。身体の違いに比べるとすごく違うと思う。でも、病気となると、みんな症状が似ている。これが僕興味深いと思ったんです。」人の心という、本当にわからないものでも、実は何かわかるのではないか・・みたいな。そういうワクワク感を強く感じたそうです。理想と現実のギャップは感じることもあるそうですが、ずっと考えていた世界なので、今はとても楽しい時間を過ごしているとおっしゃっていました。現在は精神神経科の上司とともに外来に出て、患者さんがおっしゃったことを記録したり、また、新患の方に予診という形で全体のお話しを30〜40分位お聞きする。あとはカルテをまとめて上司に添削していただいたりという毎日を送られています。興味のある分野は中毒学。薬物依存とかアルコール中毒とか、そういう分野に興味を持っているので、その研究をしてみたいそうです。人の脳の中に報酬を出すところがあり、この回路の仕組みが面白いと思うと。「患者さんは色々な感情を抱えて病院にいらっしゃいます。その中から一番大事なコアな部分を見抜き、すばやく判断して、臨機応変な対応力を身につけ適切なアドバイスができるというのが良いと今は思っています。」と現段階での理想像を語って下さいました。
<part2> 
趣味はエレキギター。中学の頃お父様が3日位で挫折して放り投げてあったフォークギターからはいったそうです。弾ける様になったのでエレキを買ってもらったと。高校・大学時代バンドをやっていました。テレビ番組のタモリ倶楽部を見ていた時に、マーティ・フリードマンが出ていて、その方がメガデスというバンドのもとリードギターでとても上手なのだとか。彼がタモリ倶楽部で演奏しているのを見てエレキをやりたいと思ったそうです。そこがスタートです。今もなるべく毎日触る様にしているそう。趣味全般に言える事かもしれませんが、できなかった事ができる様になるのが良いと。現在、アドリブに取り組んでいるそうです。やればやるほどできない事が見えてくると。今は、一人で遊んでいるけれど楽しいとおっしゃっていました。
他には筋トレ。ヘヴィメタルのザックワイルドというギタリストがいて、めちゃくちゃムキムキな体をなさっています。腕が丸太くらいあると言われているとか。その人のギターがもともと好きだったそうです。フレーズ自体も力技というか、普通の人が出せないような音を出すそう。筋肉を使っているのでは?という音なのだとか。そこで筋トレを始めたとおっしゃっていました。ベンチプレスとか懸垂とか上半身ばかりを鍛えるものをやっていたそうですが、実際見た目も筋肉を感じる身体です。現在は、なかなかジムに行けず、一人で公園でトレーニングをなさっているそうです。
聞き上手になりたいとおっしゃる宗岡氏は、お話しをしていると穏やかな感じがするのですが、ギターのジャンルも筋トレも激しい感じがするので、私には内面に激しく燃えるものをお持ちなのだと伝わってきました。
「これから仕事も少しずつわかってくると思うので、釧路でしっかり仕事を覚えて、最大限吸収して、札幌へ持ち帰りたい。そしていつか釧路に戻ってくるかもしれません。」と最後に嬉しいお言葉をいただきました。
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2017.0719 O.A 釧路三慈会病院 麻酔科 中田健夫氏

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<part1> 
東京生まれの東京育ち。現在は月曜日から木曜日までは釧路、金曜日は東京で勤務なさっています。
北海道は大好きで毎年旅行にはいらしていたそうです。函館に旅行していた時にうとうとしていたらふと「そうだ!北海道で働いてみよう」と思われたとか。最初は国立大学の工学部に進まれたそう。1年工学部で勉強し、そのまま翌年医学部を受験し入り直したそうです。はじめは外科でしたが、目を悪くして、そのまま手術室の中で働きたいと思ったこと。そして外科の時に麻酔科の勉強も並行してやっていた事もあり麻酔科へ進みます。外科は7年。麻酔科は訳のわからない世界と。結果が良いのか悪いのかわからない時は多々あるそう。麻酔科は出来て当たり前みたいなところもあり、100%を求められるところが少々辛いとも。麻酔薬というものを身体に入れてなぜ人が眠るのかという事は未だに解明されていないそう。それがどれ位の量を入れるとだいたいどれ位で目が醒めるのかという事はわかっているのですが。今はコンピューターのシミュレーションで予測もできるそうです。麻酔科の仕事は眠らせる事、痛みをとる事、そして手術中の患者さんの身体の管理。例えば、心臓を一定の強さで打たせる、呼吸、どれくらい尿がでるかとか等の全身管理です。
4年ほどシンガポールの病院で外科、総合診療をなさっていました。英語が得意だったという事もあるそうですが、海外で一度働いてみたいと思ったそう。シンガポールでも有名な病院の一つだったので、世界中から優秀な医師が集まってきていたそう。外国人の医師が全体の2割。技術が世界中から集まってくる感じだったと。色々な民族がいるので、英語を話していると思ったら中国語になっていたり、他の国の言葉が混じったり・・面白かったそう。シンガポールは独特の訛りがあり、シングリッシュと言い、中国語の文法で英語を話すそうです。中国語訛りの英語なのですごく難しく、3ヶ月位はまったく会話ができなかったそうです。
<part2> 
医師23年目の中田氏に理想の医師像を伺いました。淡々と目の前の仕事をする方。感情移入一切なく。それを目指しているそう。みんな同じ様にやらなければならないから、淡々といつも同じ品質を提供できればそれが理想だと思っていると教えて下さいました。
現在のストレス解消法は温泉。趣味はカメラ。高校生からのカメラ歴をお持ち。被写体は釧路は何と言っても夕焼け、たまに星空、あとはタンチョウが多いそう。釧路の被写体は最高ですよと。東京では夜景や街中の人が歩いている風景が多いそう。釧路の夕焼けは今までみた中で最高。色もシュチュエーションも良い。これからは動物等も撮影してみたいそうです。旅行は南米の果てまで行かれています。20カ国位は行かれているのですが、一番気に入ったのはアルゼンチン。生まれて初めて地平線を見た事と、空がとにかく青くてきれい。街はオシャレとおっしゃっていました。2度行かれているのですが、もう一度行きたいですねと。あとメキシコ。この2カ所は印象的だったそうです。そして、着物を着て礼儀作法を身につけるのも良いと思い10年位前から始めたのが香道。基本的には流れがあり、まず香りを2つ3つ出されるそう。それを自分の鼻で覚えてあてる。その後10個位出されて香りをあてる。香りにそれぞれ和歌の由来があり、これを書道みたいに記載していくというものとか。非常に難しいそうです。シンガポールに住んでいる時に線香等がいっぱい売っていて家でよく焚いていたそうです。お香を焚いていたらストレス解消になったと。日本に帰ってきたら香道というものがあったな、ストレス解消になるかなと思いやり始めたら、稽古が大変でむしろストレスが溜まったと。覚えることがいっぱいあって大変なのだそう。流派によって使うものが決まっているそうです。流派は大きく分けて2つ。武士の作法から始まった流派が志野流。公家から始まった流派が御家流。中田氏は志野流で、作法が全然違うそう。「お香も良いものは香りが全然違います。なんとも言えない香り。お香の香を嗅ぐとみんなお腹が鳴り出すんです。副交感神経が刺激されて非常に穏やかな状態になるんです。すごく疲れがとれます。」
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2017.0712 O.A 釧路労災病院 外科 江本慎氏

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<part1> 
消化器外科には、ガンの患者さんが多くみえるそう。大腸ガン、胃ガン、乳ガンの患者さんを中心に手術をすることが多いとおっしゃっていました。昔は胃ガンの方が多かったそうですが、最近は大腸ガンが増えているそうで、労災病院でも大腸ガンの症例の方が多く、増えてきている印象はあると。大腸ガンの予防としては、基本的に西洋の食生活が原因なのではないかと言われているので、和食を中心にした様な食生活をするのがひとつ予防にはなるのかな?と教えて下さいました。「釧路は非常に魚介類も美味しくて、皆さん魚をどんどん食べていただけると良いのかなと思います。塩分を控えめにした和食ですね。」大腸ガンの症状としては、血便、便秘、あるいは便が細くなるということがあるそう。出血をすることにより貧血が進むこともあり、貧血からガンが見つかるということもあるそうです。早期のガンは症状があまりないので、これは検診を受けてもらうしかないと。また、進行ガンは特に釧路は多いと感じるそう。まずは検診。早くに見つかれば手術をしなくても、例えば内視鏡で内科の先生の処置で治すことができるかもしれないのです。内視鏡でガンをとった患者さんがもう少し追加でとった方が良いという事で手術をする方もいらっしゃるそうです。そういった方はとったら治す事のできる確率が非常に高いそう。早期で見つければ見つけるほど、治せる確率は高くなると考えて良いと思うともおっしゃっていました。手術は開腹や腹腔鏡手術。内視鏡は大腸や胃など管の中を診る検査、あるいは処置のことを言います。腹腔鏡はお腹の中に筒をさして、二酸化炭素のガスでお腹を膨らませながら、手術をするという処置のやり方です。傷が小さい事で患者さんの傷の痛みが少なく、手術後の回復も早いと言われています。手術の時間は開腹手術よりも少し長いそうですが、手術後の退院までの日数が短いと。今後は腹腔鏡の手術は増えていくと思うとおっしゃっていました。
<part2> 
実はピアノを弾かれるとの事で、リクエストは現在練習している曲でした。他には湿原マラソンに毎年出場なさったり、犬の散歩、食べ歩きなどなど趣味が広いのです。柴犬を飼われていてとても可愛がられていますが、今年4月に息子さんが誕生しました。夜中3時間おきに泣いて、奥様がその度にミルクをあげたりするのですが、できるだけ手伝おうと、朝5時を過ぎるとそれが先生の番になるそうです。犬の散歩がてら子供をお腹につるしてあやすそう。不思議と歩いているうちに寝てしまうそうです。30分位の散歩が終わり、家に帰って、朝ご飯を作られるそうです。魚を焼いて、お味噌汁、おひたしを作りご飯を食べて出勤という流れです。2〜3時間奥様がフリーになれる感じです。この大変さを例えて教えて下さいました。「事務員がいない救急外来を1年365日、一人で診るみたいな・・・そんな大変さがあると思います。」実際には、患者さんがいらして診察をして、例えば血液検査が必要であればオーダーをいれると後はやってくれます。検査の結果を見て説明して、入院するのか、他の科の先生に診てもらうのか等振り分けができます。でも子育ては何をやるにも自分だけがやっている感じがすると。子育ては子供の面倒をみるだけではなくて、洗濯をする、朝ご飯を作る等というのも含まれると思うとも。「子供が生まれる時には僕が一番何を期待していたかというと、うちの犬がお姉さんになるところが見たいんです。」それを日々楽しみにしながら子育てをなさっていると。「もう少し子供が大きくなってきてコミュニケーションがとれるようになると子供の成長が楽しみになるのかもしれません。今の子供はまだ人間じゃないんです。しゃべれないし、ご飯も食べないし・・・。犬は最近犬の皮を被った人間じゃないのかと思う時があります。それ位コミュニケーションがとれるようになると可愛さが増してきますよね。」それを語る笑顔が印象的でした。
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2017.0705 O.A 市立釧路総合病院 精神神経科 小川智生氏

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<part1> 
医師を目指す前に他の道を歩まれていました。早稲田大学の社会学部を卒業し、当初はマスコミ関係の仕事に就きたいと思われていたそうです。当時は、考える・イメージするのと、実際にそれを形にして実現するのとは別物ということに気づかず・・・。就職活動中に自分に向かないと思い、学習塾みたいなところで高校生に教える事にシフト。やりたい事が見つからず、何年か続けたそうです。「学生時代にクラスメートの中に卒業したらまた医学部に行くと勉強している人がいたんです。大学出た後にどうしてまた大学にいくのかな?と疑問だったんですね。塾の仕事をしながら本当に自分が一生かけてできて、仕事の上で良かったと思える仕事は何かなと考えている時に、ふとその事を思い出したのです。」そこから医師の道を目指します。大学にいた時に自分のお世話になった教授から読んでみたらと勧められたのが「心療内科」という本でした。今は心療内科という言葉は一般的に理解されるようになりましたが、当時はわからない人が多かったと。心・療という字がつくので、宗教的なものではないのか?という人や訳がわかないものというイメージで捉えた方がほとんどだったと思うとおっしゃっていました。心の状態が体に結びついている、病気というのは、精神的なものと結びついているといった考えに感動を覚えたそう。後にその教授に医師になった事を伝たえたらとても喜んでくれたそうです。教授は、社会学、学問というものはすべて周りのものと繋がっているという考えの方で、経済もあれば、その経済は経済の中で考えるものではないし、その横には心理学というものがあったり、心理学は人間の心が作り出すものだから、人間の生命とか、生物学も関わっているし、生物が生きるための環境、エコロジー的なものを考えているということで、そこの分野だけで、物事を考えてはいけないというグローバルな考えの方だったそうです。そういう事も感化を受けているとおっしゃっていました。
<part2> 
ストレス解消法は、長い休暇をいただけた時に出来るだけ日本から遠く離れた外国へ出かける事。アジアでは、中国、香港、韓国、タイ、インドネシア。後はアメリカ、フランス、イギリス等に行かれました。他の国にも興味はあるそうですが、意外といった所で気に入ったら何度も足を運んでしまうそう。だからなかなか国の数が増えないと。一番数多く行かれているのは、香港。ただ体を休めにいく・・・そんな感じだそうです。ワインショップやスーパーマーケットに行き、日本には無いものを探しながら、出会ったら買ってホテルでゆっくり過ごす。贅沢な時間の過ごし方ですね。香港には数え切れないほど行かれているとか。一番好きな国はフランス。いつも行かれるのが秋の中頃。だいぶ寒くなってきているシーズン。その寒さの中、体を包み込む感じの少しの湿度を感じつつ、朝街を歩いている時に教会の鐘がなっている・・そんなシュチュエーションがお好きと。それと、運河もお好き。是非行きたいと思っていたサンマルタン運河に去年行かれた時のお話しを教えて下さいました。一応観光地になっているのですが、地元の人しか乗らない様な船があったそう。ノートルダム寺院から隣のシテ島を通り越して少し行った所にバスチューユがあります。その辺りから北に流れている運河です。船でいくと何段にもなっているのがわかるそう。上流から降りていくと川の道が塞がり、そこから水が抜かれていき、船が沈んでいきます。そして隣の運河の水面と高さが一緒になり、運河の扉が開き進んでいく感じと。ご自身が調べたところ、セーヌ川がサンマルタン運河と繋がっていると思っていたそうですが、セーヌ川に出る手前で終わってしまったと残念そう。一番楽しみにしていたのがセーヌ川だったのに。
「自分の目指す、こうありたいというのは、精神神経科にいらっしゃる患者さんは、自分の心の状態がコントロールできなかったり、自分の思う様な生活ができないという方が殆どなので、大きな事はできないけれど、何か手助けして、自分が好きなやりたい事ができる様な心の状態に戻す事ができたらと思っています。」
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2017.0628 O.A 釧路赤十字病院 外科 三井潤氏

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<part1> 
神奈川出身、釧路には去年の4月から。13年前に1年ほど同じ病院に勤務なさったことがあるそう。ご両親が医師。身近かで見てきたというのが一番の動機といえば動機とこの道に進んだきっかけを教えてくださいました。小学生の頃は学校の先生、中学の頃は料理人を目指そうと思い、医師のことはまったく考えなかったそうです。お父様は外科、お母様が内科・小児科。「うちの父は卒後すぐからずっと同じ病院で40年以上勤め、職場で頼りにされ、周りの皆からすごく慕われていたんです。退官の時は盛大にパーティをしていただき、人間関係等を大事にしてきたのかなという印象はありますね。」外科を選ばれた、特に消化器外科を選ばれたのはどうしてなのでしょう?大学時代に膝を悪くして整形で手術した事もあり、整形外科、心臓血管外科にも興味があったそうですが、できれば人の生き死に、ガンに関わる様な仕事がしたいと思ったのが外科を選んだきっかけです。ガンは付き合えば付き合うほど、根治は難しいというのがあるそう。もちろん早期のガンで手術をして綺麗に治るという事も魅力ですが、なかなか根治できない状態の時にガンの患者さんがいかに生活の質を保ち、生きていけるか、うまくガンと付き合うという言い方が適切かどうかはわからないが、そういう事が少しでもできるかなと思ったと。医師になられて今年で16年。この間、特に機械の進歩が著しく、腹腔鏡の世界が多いと感じるそう。腸を切る機械、腸をつなぐ機械、他にはカメラもすごく綺麗になって見やすくなったと。最近は3Dのカメラも出ていて、その進歩はすごいと思うとおっしゃっていました。実際に腸管を繋ぐ事も手縫いでやる事はほとんどなく機械でやる事が多いそう。よって手術の時間もそれだけ短縮になっているのです。また、腹腔鏡の手術はほとんど出血がない事もあり、すごくメリットは大きいと。施設によって違いはあるそうですが、日赤の場合はお腹の手術に限っては7〜8割位が腹腔鏡の手術とのことでした。
<part2> 
外来にいらっしゃる方は、足の付け根が腫れてきたといった脱腸、ヘルニアの患者さんが多いそう。通常の場合は重いものを持った時になりやすいと言われているそうです。他に、子供の頃から残っているという方もいらっしゃるとか。だいたいは加齢により足の付け根の所の筋肉が弱くなってきて、お腹の壁の一部分が飛び出してきてしまうと。ヘルニアの場合は、お腹の壁の一番内側の腹膜が袋状に出てきます。その袋の中にお腹の中の腸や、腸についている脂肪等が飛び出してきてしまう。お腹に力をいれて一気に出てきてしまうと戻らなくなる事があるそうです。そうなると腸が腐ったりする原因にもなるので、基本的には手術の対象になると。以前は、足の付け根を5cm位切開してやっていた手術が多かったそうですが、最近は腹腔鏡でやることも多いそうです。ヘルニアは予防というのはなかなか難しいそう。症状を抑える、進行を抑える為のヘルニアバンド等は市販はされていますが、基本的には治るものではないそうです。飛び出ている腸が引っ込むことはあっても、袋自体が中に引っ込むことはないとのこと。他には胆石の方も多いそう。胆石になりやすいといわれる人がいて、それは、よく4Fといわれるそう。40〜50代(Forty or Fifty)、ちょっとふくよか(Fatty)、女性(Female)、健常者(Fair)。実際には石があっても症状がない方もいらっしゃるそう。1回できたものはなくならないと思うと。石はコレステロールが原因のもの、ビリルビンといって胆汁が成分のもの、カルシウムが原因のものなど色々あるそうで、それが混じり合った石もあるそうです。
「僕はやっぱり患者さんにとって身近なドクターでいたいと思います。医学は進める為には色々な研究や、難しい術式を考える等、最先端のものも必要だと思うんですけど・・・。僕は、今できる医療を一番身近な患者さん達に提供できる様になるのが一番の目標だと思っています。」
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2017.0621 O.A 釧路三慈会病院 院長 西池淳氏

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<part1> 
まずは、現在工事中の病院のことについて伺いました。三慈会病院は3つの棟でできていて、その中の一番古い棟、東棟が、かなり老朽化が進み、壊さなければならなくなったそうです。別の会社が一緒に特別養護老人ホームを併設して、三慈会病院とともに合同で新棟を建ててやっていくことになりました。
地下1階、地上7階の予定。手術室や集中治療室は2階と3階を使う予定になっているそう。ですから、救急車で運ばれて手術をなさった方や、心筋梗塞等を起こして心臓の調子が良くないという方のリハビリ、また、高齢者の方がリハビリできる様な特別養護老人ホームが少ないということもあり、最終的にその後のフォローアップできるような一貫した医療体制を整えていきたいというのが先生の願いでもあるのです。出来上がりは秋くらいで、オープンは再来年くらいになるでしょうか。淳先生含め、弟の修先生、聡先生も含め、循環器・整形外科・麻酔科を中心に、より専門的な治療を道東で発展できたらと思われています。麻酔科もドクターが増えて、ペインクリニック、除痛に特化した治療も考えていきたいと考えています。一番問題なのは、痛みをとりに手術をして、手術が終わっても痛みが残ることによって、患者さんの運動レベルや日常生活レベルが落ちてしまっては何も意味がないということ。ペインクリニックは痛みをとる科です。痛みをとる目的は、個々によって違います。痛みを患者さん本人から聞き出して一番痛みにあった取り方をする方法を作り出すのがペインクリニックの考え方です。ブロックという言葉をよく聞きますが、一概にブロックといっても、神経そのものを遮断するのではなく、色々な細かい神経そのものの、本人の痛がっている痛みに対する神経をブロックしたり、他に痛みをとるために身体の中に電極を埋め込み、それによって痛みをとるなどの最先端治療も取り入れているそうです。
<part2> 
淳氏の専門は修氏とともに下肢。人工関節ばかりをやるのではなく、他に若者のスポーツをする子供たちの為の怪我を治したり、靭帯を治す等の手術もあります。人工でない部分では、半月板とか前十字靭帯、後十字靭帯という靭帯をつくりかえる再建術という方法があるそう。例えば、スポーツ選手などで膝をひねってそのまま倒れこむような怪我、前十字靭帯損傷があります。膝の真ん中にある靭帯が、特に女子は切れやすいそう。膝をひねることで自分の骨で自分の靭帯を切ってしまうのです。特にバスケット、ハンドボール、野球等の激しいスポーツをする方に多い怪我と。高校生から大学生までの若い方に多いそうです。一度切れてしまうと生活的には問題はなくても、今までやっていたスポーツができなくなってしまう。そうすると本人のモチベーションも下がるので、すぐに復帰していただきたいという気持ちを込めて手術をしなければと思うとおっしゃっていました。昨年、釧路の高校の女子バスケットチームの主将をなさっていた方が靭帯を切ってしまったことがありました。チームの人数も少ないので、どうしても大会に出たいということで、前十字靭帯再建術を秋になさいました。その後本人のリハビリが頑張ったこともあり、大会にも出場し、さらに優勝なさったそう。非常に嬉しかったとおっしゃっていました。通常筋力が戻るためには、頑張ってリハビリを1年近くやらなければならないそう。でも、彼女は半年位で筋力もほぼ手術前の状態に戻り、その結果だったので、本当に喜ばしい出来事だったと。そういう事があると、そういう人たちのために手術をきちんとすることはもちろん、道東の怪我であれば地域で治してあげたいと強く感じると・・・。
ご自身もスポーツもなさることもあり、スポーツをしている子供たちを支援したいということで、道東のジュニアコンサドーレというサッカーチームのチームドクターもなさっています。「若い選手をみるのは、活力にもなるし、その子供たちにきちんとスポーツさせてあげるには大事なことだと思うんです。」
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2017.0614 O.A 釧路赤十字病院 副院長 近江亮氏

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最近、アインチエイジングを心がけていらっしゃるとのことで、以前ご出演いただいた時よりも若返った感じの近江氏。自らの健康に気をつけるというのが最近のテーマとおっしゃっていました。
近江氏の専門は主に膵臓。膵臓はおそらく皆さんもご覧になったことがないと思います。非常にかくれんぼが上手で奥ゆかしい臓器と。臓器の中で一番背中にあります。背中側にあるので、たとえば膵臓炎といって膵臓に炎症を起こすとお腹ではなく背中が痛くなる症状がでたりするそうです。お腹の真ん中にあるので、普通のレントゲンでもなかなかわからないし、詳しく調べないと小さな病気を見つけるのが非常に難しい、やっかいな臓器とのこと。膵臓の働きは大きく分けて2つあります。膵臓は十二指腸についていて、そこに消化液をだいたい1日に1リットルくらい出しているそう。脂肪やたんぱく質、糖などを分解して、下の腸で吸収しやすくするのです。2つ目の役割としては、血糖を調整するようなホルモンを出したり、腸の動きを整える様なホルモンを出したり、胃液の分泌を促す様なホルモンを出したりするそう。外側にだす消化液の作用と人間の血管の中にホルモンをだす内分泌作用をもっているのです。非常にたくさんの仕事をしている臓器というのはまちがいないようです。非常に奥ゆかしい臓器でなかなか人目につかない奥深いところにあって、治療するのも診断するのもなかなかやっかいな臓器のようです。「一言でいうと、膵臓はやっかな臓器。病気になった時、治しにくい臓器であることは確かだと思いますね」
膵臓を弱めたり、痛めてしまう原因は、第一にはアルコール。他には肥満そのもの。あとは生活。臓器も限界があり、働かせ過ぎると弱ってしまうのです。脂肪が多い方はインシュリンも働きにくくなってしまうので、出来るだけ負担をかけない様に痩せるという事も必要。また、胆石をお持ちの方も注意が必要との事でした。
<part2> 
今回お話しいただいたお話しのもっと詳しいお話しが、6月17日に聞くことができます。
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「第49会市民公開講座 すい臓の全てを教えます!ー糖尿病から、すい癌、肥満手術までー」
6月17日(土)14:00〜17:00 釧路市観光国際交流センター
入場無料、申し込み不要
・講演1 すい臓ってどんなところ?知っておきたいすい臓のしくみと病気
演者:釧路赤十字病院 外科部長 金古 裕之氏
・講演2 僕らはみんな生きている!生きているから食べるんだ!?すい臓パワーで語る糖尿病学!?
演者:釧路赤十字病院 内科部長 古川 真氏
・特別講演 すい臓にまつわる手術よもやま話
演者:北海道大学大学院医学研究科 消化器外科学教室II 平野 聡氏
・司会:釧路赤十字病院 副院長 近江 亮氏
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今現在、一番新しい手術、どういう手術をやって、すい臓はどのくらい治るようになってきたのかというお話しも。近江氏が一番聞いていただきたいとおっしゃっていたのが、減量手術のこと。肥満の方に対する手術。胃袋を細長く切る手術のことです。
去年から保険適用になったそう。釧路でも取り入れていきたいと思われています。全国的にみてもまだあまりやられていない手術だそうです。今まで通り食べて痩せるという手術ではないのです。ただ、美容的なもので手術を受けるということはできません。これは病的肥満の方、内科的な治療を経て、それでも効果がないという方、肥満の度合いBMIで32や33といった感じの方に対して行われるものです。こういったお話しも聞いていただきたいとおっしゃっていました。
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2017.0607 O.A 釧路赤十字病院 歯科口腔外科 森谷康人氏

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<part1> 
この4月から釧路へ。高校時代、陸上の大会で釧路にいらしたことがあるそう。砲丸投げ、投擲です。中学まで野球部でした。それを活かして高校では陸上をやろうと。全道大会に出場できないかと考えた時に砲丸投げが浮かんだそうです。道南で3位になり、全道大会に出場。そして釧路へ。「今は全然ですね。砲丸投げを趣味にしている人はなかなかいないと思うけど。そう考えると投擲って趣味になりにくいですよね。なんとなくもったいない気もしますね」そもそも歯に興味があったそうです。ご自身も歯科矯正をやっていたこともあり、小さい頃から虫歯が多く歯医者さんにはかなりお世話になっていたそうです。浪人時代に本格的に矯正し始め、歯並びが良くなっていくのを見て、歯がいかに重要かという事もわかってきたとおっしゃっていました。街を歩いていて歯並びが良くないとか、明らかに虫歯とわかる場合、その人の印象も違うと思ったそう。歯科は命に関わる部分もあるけれど、当時はそうは思っていなく、医科の先生の様に重いものを背負えないような感じがしていたと。深く考え込むタイプなので向いていないかなとも思い、歯科の道を選んだそうです。人が綺麗になり、よりよく見えて素敵になるのを見たいと思ったのです。「見た目綺麗になると自信がわいてくるじゃないですか」現在は、歯科口腔外科の基本となるベースのところを勉強なさっています。身体全体を理解した上で処置をするようにしたいと思っているので、まずはそこをきちんとしたいと思ったそうです。
実は歯学部のパンフレットを見た時に「握りこぶし一つしかない様な臓器に対して学部一つできるってすごい・・・とある教授が推していたんです。眼科学部とかないじゃないですか。整形外科学部ってないですよね。歯学部って独立して存在しているので、それだけ奥深いのかなと思ったんです。確かに色々難しいです。解剖学、材料の事も知らないといけない。治療手技もある。結構幅広いんです。」
<part2> 
美容に非常に興味をお持ちです。いつまでも若々しくいたいからと。「僕は10年後、20年後、30年後を見据えて年をとりたいんです」郷ひろみをテレビで見た時に、この人60なのにすごいな。こんなツヤツヤしてキレのある動きってすごいなと思ったと。それは若い時からの生活だと思うので、今から始めなければと思ったそうです。芸能人はどれだけお金をかけているのかな?なんて思ってしまいますが、そう考えるのは負けなのだとか。現在30歳ですが、2年位前から色々と始めたそう。まず、リファという美顔器。血流が良くなる感じがするのと、マッサージ効果で疲れもとれるような気がするとおっしゃっていました。微粒な電流がでているそうで、それが肌に良いとか?「僕は昔は年の割りに老けて見られていたんです。おそらく今は年齢よりも若く見られるようになってきたと思います」今後小さな努力を続けることで40歳になっても32歳位に見られるようになると思うとも。他には、パタカラと言って、豊麗線のたるみやシワが気になる方に開発された表情筋エクササイズ器具を使っているそう。以前、指導医の女医さんが当時45歳位で、その方がリファとパタカラをやっていて、とても45歳には見えなかったそうです。その先生に勧められというか、唆されて始めたとおっしゃっていました。「あまり男性がやっている様な事ではないと思います。女子力高いってよく言われます。思考回路も女性っぽいかも。たぶん女々しいのかも。僕としては女性が気になるものが気になるんですよ」
これからについて語っていただきました。「患者さんがやってもらいたいと思う事に対してきちんと自分ができる様に常に高める姿勢を持っていたいです。出来ないではなく、求められるレベルに合わせられる様、努力したいです。患者さんときちんとコミュニケーションをとるのはもちろん、技術的な事も求められるので、出来ないことを出来る様にする努力を怠らないことです。」
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2017.0531 O.A 市立釧路総合病院 精神神経科 田中輝明氏

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<part1> 
実は当初は医師を目指してはいなくて、学問、物理の研究をしたかったそうです。精神科を選んだのは、ひとつは他の科に比べると全然わかっていない分野であること。学問としてはすごく未熟なものだったので、わからないところの方が面白いだろうと思ったとのこと。もう一つは、哲学の本を読んでいると、精神医学とリンクする部分もあったからとのことです。医師になって23年目。患者さんの診療を含め、なかなかうまくいったという感覚がもてないというのがもっと頑張らなければ・・・満足感が得られないところがなおさら自分にとっては良いのかな?と思うとおっしゃっていました。
専門とするのは、主に躁鬱病と言われる疾患、今は双極性障害というそうです。この5~6年位は、緩和ケアの領域の中の精神腫瘍学、ガンに罹患した方の精神的なケアもなさっています。躁鬱病は、有名な病気ですが、実は精神医学の中でも2000年位までは殆ど研究されていない分野だったそう。鬱病と統合失調症に関してはものすごく研究されているのですが、躁鬱病に関してはそういった病気に比べると1/5とか1/10といった論文や研究しかなされていなかったと。2000年位に先輩とともに躁鬱病を専門にするようなグループを北大で作り、研究を始めたそう。ひとつは治療に関するもの、ひとつは、診断に関する研究です。躁鬱病は、昔は躁鬱病のごく一部の人だけが正しく判断されて、残りの方はあまりきちんと診断されていないということがあったそう。2005〜2010年にかけてその様なことがわかってきました。診断がきちっとされていないというのが、当時の問題だったのです。先生の研究でも実際には3〜4倍の方が見逃されているというのがわかっていたと。正しく診断されるまでに10年以上かかる人が約1/3いると言われていたそうです。躁鬱病は有名だけど見逃されていた疾患というのがわかります。それをきちんとしなければと思ったことも躁鬱病に取り組んだ理由のひとつでもあるのです。
<part2> 
精神腫瘍學について。一般的には緩和ケアとして知られています。緩和ケアの中の精神的なケアをする部分です。具体的には、患者さんの気持ちの辛さにアプローチをする。主にお話しを聞く事が多いそう。ガンという病気だけではなく、ガンにかかることで気持ちが辛くなるという事もあります。例えば病気になった事で仕事を辞めなければならないとか、家族の問題、また、自分のやりたい事ができなくなった事で、自分の人生の意味が変わってきます。病気以外の部分に関してもその人全体をいかにケアしていくのかが大事になるのです。
働いて話し方が変わったとよく言われるそう。ご自身は、プロフェッショナルとしてやっていかなければという想いがあったので、その為に言葉をなおすということもなさいました。自分を客観的に見るといった事を意識してお話しをするということをしたのです。精神科医としての理想とは・・・「患者さんとの関係でそれぞれだと思います。色々なタイプの医師がいて、この患者さんにはこの医師のタイプがあうとかがあると思うので、万人にうけるタイプはいないと思いますね。ただ、自分のポリシーとしては、基本的にはすべて自分のせいだと思う、自虐的になることが正しいと僕は思っているんです。自分のせい、もしくは自分が何かアプローチをすればもっと良くなったのでは?と考え、常に自分に問題があるという視点で見ておかないと大事なことを見逃すと思っています。できないことも多いのですが、意識してやるようにしていますね。」
2011年東日本大震災の後に、緩和ケアの先生方から、被災地に行き何かお手伝いできないかという話しがあり、そこに定期的に参加させてもらったそうです。震災直後と1年後2年後では悩みは違います。被災者の中での格差も生じたり、色々な所でそれぞれの方が抱えている悩みは違います。でも、辛い状況の中でも乗り越えようとする力、人間が生きようとする力が皆さんの表情や言葉の端々から感じられ、精神科医としても勉強させられたし、逆に元気をもらって帰ってきたと教えてくださいました。
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2017.0524 O.A 釧路労災病院 歯科口腔外科 小川仁氏

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<part1> 
4月に釧路いらしたばかりです。霧が多くてびっくりされたとか。
高校の時の面談で何になりたいかと問われ、歯科医になりたいと応えていたそう。お父様もお母様も医療関係だったこともあり、それ以外の道はあまり考えられなかったと。お父様は循環器内科の医師をなさっています。働いている姿はあまり見たことはなかったそうですが、子供の時に遊びに行ったさきで、お父様が治療している姿を見て「簡単そうだな」と思っていらっしゃったとか。そんな思い出があるそう。現在、ご自身が医師になり、あらためてお父様のすごいと思うところは、沢山あるそうです。自分の専門分野の知識がすごい。色々教えてくれて、有難い気持ちでいっぱいとおっしゃっていました。
「歯科は、矯正・一般歯科・口腔外科と大きくわけて3つあると思う。口腔外科は、全身のことや、勉強していかなかなければならないことが多く、深い感じがして。多くの分野を学ばなければ習得できないと思ったんです。越えられない壁があると思うと越えたくなるので」とこの道を選ばれました。
「どの科の先生とも仲良くなりたいし、知らない知識もそこから得ていくことができたらと思ったので、そういう意味で病院歯科があっているのでは・・と勝手に思っています。」
お父様から「歯科のことは歯科にしかわからないから、医師というひとくくりではなく、専門の分野は専門の先生にきちんと聞いて、勉強して、歯科にいかしてやるように」とアドバイスをいただいているそうです。
患者さんの痛み(肉体的にも精神的にも)をわかってあげられる医師になりたいと思われています。
エビデンス(証拠)がある医療、しっかり患者さんに説明して、患者さんが納得してやっていくことができたらと語ってくださいました。
<part2> 
小学生の時はキャプテン翼の影響でサッカー、中学生の時はスラムダンクの影響でバスケットボール、大学時代はラグビーという感じでスポーツをずっとなさってきました。現在は、ゴルフと筋トレ、ワークアウトにはまっています。「I’M BODY Jin」というユーチューバーがいて、それを見て、格好良い顔に、カッコ良いカラダをしているので、僕もなりたいと思って始めました。」この方は、フィジークという競技のチャンピオン。フィジークとは、綺麗なカラダを競い合う競技。ボディビルは、筋肉の迫力を競うもの。フィジークは、髪型とか、短パン等も審査対象になり、トータルで見るものだそうです。フィジーク、ボディビルともやることは一緒。どこにどれ位筋肉をつける等は違うそう。フィジークはボディビルから派生した競技なのだとか。「僕はフィジーク目指しているんですけど、なぜかどんどんボディビルになっていく・・・感じです。」去年から始めたそうですが、現在は時間を見つけて週に3回ほどジムに通われています。時間的には短く1時間以内で終わるそうです。そこでは、北島達也氏というボディビルダーの理論を参考にトレーニングをなさっているとか。大きくなる筋肉は速筋なので、ダラダラやっても意味がない。やったことをアウトする。「THE WORKOUT」実際にトレーニングで小川氏も変わったそうです。つけたいところに筋肉がつくようになったそうです。数値的には、体重が10キロアップ。体脂肪率も少し下がって、筋肉がついたという感じとか。見た目から大きくなったと周りからも言われるそうです。最終的には、ドラゴンボールの悟空みたいなカラダに一回だけなってみたいそう。どこかに筋肉痛がないと「あ〜やばい、しぼんでる」と思うとか。今は胸が筋肉痛と。実際に胸も動かして見せてくれました。姿勢をよくするというのが理論にあるので、あまり肩が凝らなくなったり、ゴルフのスィングも安定したり、手術の時にも姿勢が良いと褒められたそうです。というように実生活でも変化があるそうです。
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