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2018.1205 O.A 市立釧路総合病院 研修医 沼口京介氏

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<part1> 
生まれも育ちも札幌。もともと医師になりたいという感じではなく、5歳上のお兄様が行くなら僕も行こうかなといった感じだったと。お兄様は現在札幌で循環器外科の医師として働かれています。野球が好きだったので、昔はずっとプロ野球選手になりたいと思っていたそうです。でもご両親が高校教師で、勉強だけはきちんとさせられたとおっしゃっていました。プロ野球選手にはなれないなと思い始めた頃にお兄様が医学部にいたので、とりあえず医学部を目指してみようかなと進んだそう。ということで、相当勉強はなさったそう。「自慢できるくらい勉強しましたね〜。勉強しかしませんでした」気合いで、我慢強く勉強なさったと。今のところ、整形外科に進みたいと思われています。整形外科医になったら、スポーツをやっている若い人たちの怪我等を診る事ができると思ったから。そういう面では他の科よりも、今までやってきた野球と関わる事ができたら良いと思ったのです。病院に行くと休めと言われるから病院が嫌いだったそうです。そういう気持ちもわかったいた方が医師になってアドバイス等をする時にも説得力があるかな・・なんて。働くまでは整形外科に進むと決めていたそうですが、色々な科を回ってみると、どこもやりがいもあるし、命と直接関わるのも医師としてやりがいがあるかなと。自分にしかできない事があったら素敵だなと思い始めたそう。先生方もプライドを持っていて、自分の身を削ってでも患者さんを助けるという姿勢が格好良いと思ったと。尊敬できる先生をみると心が揺れるそう。今思っている理想の医師とは・・・「病院にいらっしゃる方はどこかしら悩みや病気や怪我を抱えている。そういう時は心の支えになる人物がたくさんいた方が良いと思う。家族とか友達とか。でも先生は目の前であっただけの人からのスタート。そこで信頼関係を築けないと心の支えになることができないと思うんです。だから自分の人間性を磨いている人間になりたい。そういう医師になりたいです。」
<part2>
野球は本当に大好き。小学4年生から始め、大学でも野球をやっていたそう。小中高はショート。大学でピッチャー。現在も病院の野球部に所属し、朝野球をなさっていたそう。毎週楽しみにしていたそうですが、今はシーズンオフ。ちょっと残念そう。ショートとピッチャーどちらがお好きなのでしょう?ピッチャーをやりだした時は、野球はピッチャーが主役だし、それをやれるだけですごく楽しかったそうです。でも結局ショートの方が楽しいなと思いながら最後はピッチャーをやっていたと告白なさっていました。ピッチャーは投げなくてはいけないので、怪我があって痛くても投げていたそう。ショートの魅力は、野手でいったら一番大事なポジション。走って取って投げて、全部きちんとしていないとダメ。投げる距離も遠いし、守備範囲も広い。とにかくたくさん動いて・・・だから楽しいと。あの広い場所を支配している感じとおっしゃっていました。ピッチャーはバッターとの対戦。ショートはあの場の監督みたいな感じ。野球は、疲れない。個人の勝負の時とチーム全体の勝負の時と楽しみが色々あるそうです。自分が打っても嬉しいけれど、打てなくても勝ったら楽しい。あまりそういうスポーツってないかもしれません。必ず自分が主役になる場面があります。順番に打席が回ってきますし・・・。スポーツ自体はすごく好きだけどやるのはやはり野球かななんて。
「今は、研修医でまだ勉強させてもらっている立場、周りの先生からも自分の成長を考えてもらっています。でもその中で患者さんと話す機会があり、患者さんが信頼してくれていると感じる時もあるんです。心打ち解けてくれるその瞬間が楽しみで病院に行っています。患者さんと沢山コミュニケーションを取り信頼関係を築くのは大切な事だと思うので、患者さんのことを一人一人知っていけたらと思って働いています。」と今の気持ちを素直に語ってくださいました。
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2018.1128 O.A 市立釧路総合病院 眼科 棚野一郎氏

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<part1> 
緑内障についての新聞記事について。旭川医大で、今まで留萌市を対象に色々なデータを集めていたそう。眼の診察をして生活環境等も調査していました。前向き研究といい、ある時点からスタートして、ある期間できり、その間に何か変化がないかどうかをみていくものです。この研究は2013年から2015年、40歳以上の男女1731人を対象に実施。肉食の女性が緑内障の発症率が低かったという結果が出たそう。精密さでいうと大勢の人数を対象にしてやった研究というのはかなり精度が上がっているという評価を得るそう。少なくともその様なデータが出たというのは何かしらの示唆にはなるのかなと思うとおっしゃっていました。今は色々な条件で、例えば血圧の治療を受けている人はどうなのか?糖尿病の人はどうなのか?等、解析している段階なので、他にも何か出て来る可能性はあるかも。。。「女性の緑内障 肉食で低減?」という見出しにもある通りまだ分からないのです。緑内障とは、眼の奥に視神経があり、そこが痛んでくる病気。加齢も関係しているそうですが、一般的に言われているのは眼圧。眼の硬さが影響している病気。以前は眼圧が高い病気と言われていたのですが、最近は眼圧だけではない事がわかっていると。まだ研究中の病気なのです。わかっている事は視神経が痛んで視野の一部にかけている場所が出てきたり、放置しているとそれがどんどん広がって最終的には見えなくなってしまうという事。眼圧の正常値が20までと決まっているのですが、20以内でも緑内障が進んでいくという正常眼圧緑内障が日本人の場合は多いそうです。原因は色々、でも決定打がないとのこと。唯一わかっているのが眼圧をなるべく下げるのが進行を食い止めるという事。視野がかける症状が出る頃にはかなり進行している状態なので、まずは検診。40歳以上になると眼の検査は受けた方が良いと推奨されているので、まずは自分で防衛策をとるのが良いそうです。
<part2> 
続いて老眼について。老眼の代表的な症状は、手元が見えなくなる。見づらくなる。かすみ目というのは加齢からくるピント調節の問題。人間の眼の中には水晶体というレンズが搭載されています。端は細かい筋肉でつながっています。その筋肉の作用でレンズを厚くしたり薄くしたりして、遠くを見たり近くを見たり、調節を行っているのです。この水晶体が若い頃は無色透明で綺麗。年々少しずつ硬くなってきて、ピント調節をする筋肉も衰えてきます。一般的に老眼というのは、ピント調節、近くを見るのに膨らませなければならない、その力が弱くなってくるので近くが見えにくくなるというもの。かすみ目は、調節機能が衰えてくる事により、カメラのオートフォーカス機能が悪くなる様な感じ。さて、老眼鏡は気軽にどこでも入手できますが、どれも一緒なのでしょうか?数字が決まっているので、個々人で適切な数字があるそうです。出来上がって売っているタイプのものだと試して一番自分がしっくり見えるものを選ぶしかないそう。数字がかなり大雑把な事、あとは乱視がある方もいらっしゃるので、まずは眼科で自分の度数をしっかり確認した方が良いと。プラス2とか3の数字はだんだん大きくなっていくものなのでしょうか?老眼の原因は眼の中の水晶体が膨らまなくなって硬くなっていき、筋肉も衰えていく事なので、まだ少し膨らむ力があるのであれば、1でも良かったかもしれない。でも、年々度数は増していくのです。流石にどこまでもその数字は上がっていくのか?となると、それはないそう。やはり限度があると。個々人で眼の度数というのがあるそうです。若い頃眼が良かった方、実は元々がプラスの2とか3という方もいらっしゃるので、年齢を重ねると、そういう方は老眼鏡はプラス5とかになったりする事はあるそうです。これからの季節、眼に限っていうと、やはりドライアイの絡みだと加湿が必要。結構重症なドライアイの方でもお部屋を加湿するとだいぶよくなったという声も。環境は大事だと思うとおっしゃっていました。
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2018.1121 O.A 杉元内科医院 院長 杉元重治氏

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<part1> 
地域連携を進める上で、釧路のCCLの取り組みを参考にしたいという事で北海道病院薬剤師会の主催で、岩見沢での講演に招かれたそうです。杉元氏はCCLの総論的なこと、黒川氏は訪問看護師の立場から薬剤師との関わりについて、そして薬剤師の宮前氏は病院の薬剤師と地域の薬剤師間の連携についてのお話しをなさったそうです。釧路での良いこと、できた事等を発表。病院の薬剤師と地域の院外薬局の薬剤師の連携は通常はないものなのでしょうか?ひと昔前までは、病院で退院をした時に薬が処方される。そして通院になった時には地域の薬局で薬をもらうことになる。その中で同じ様な薬がどうして出ているのか?等なかなか聞きにくいという事があったらしいのです。それは、病院薬剤師会と普通の薬剤師会が少し違ったたりするものによるそう。ところが、釧路の薬剤師会には病院に勤務されている方もほぼ入っていて、地域の薬局の薬剤師の方も入っているので、すでにそこで繋がりができていて、仲が良くてスムーズに動いているというのが特徴とのこと。例えば、札幌圏であれば、大学病院の薬剤師、市中病院の薬剤師、院外薬局の薬剤師がいて、数も多いので、所属する団体が違って来るので把握しにくいという点はあるそうです。CCL関係で講演なさった数はどんどん増えています。いらした方には何かヒントとなるものが伝えることができればといつも思われています。釧路の場合も当初の事を思い起こしてみると、熱意というか、現状をなんとかしないといけないという仲間が集まったというのが一番の原動力だったのです。進めば進むだけ疑問も出てきて、今も模索中と・・・。今回の講演タイトルが「部屋とYシャツとCCL」生活感、日常はこういうものという、日常というものがキーワードのお話しだったそうです。CCLは日常で特別なものではないということです。最近新聞でも良くみる地域包括ケアシステムは、各地域の特色や個性等があるので、それぞれの地区でうまくやってねということなのだそう。
<part2>
CCLが法人化されてから初開催となる研修会が始まります。3回シリーズ。タイトルは「自分らしくを生きるを支える医療・ケア」。CCL(くくる)とは、 Cooperate【連携する】・Create【創造する】・Live【人生を楽しむ】の頭文字をとり、 北海道釧路管内を中心として、保健医療福祉の領域で働く様々な職種(有志)が、 多職種連携の促進に向かって活動する集まり。本音で地域連携のあり方を検討する会です。
ーーーーーーーーーーー「釧路における在宅医療・ケアの魅力」
●第1回:2018年11月22日(木)19:00〜21:00 釧路市生涯学習センターまなぼっと幣舞 多目的ホール
・行政説明:「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
〜釧路保健所 企画総務課長 川上禎之氏
・実践報告:「在宅医療と看取りケアの現状」〜杉元内科医院 院長 杉元重治氏
・グループワーク:「本人の意思決定に基づく医療・ケアの決定プロセスと多職種協働」
〜ファシリテーター:釧路赤十字病院 副看護部長 稲荷弥生氏
ーーーーーーーーーーー「釧路におけるこれからの治療・ケアに関する話し合い」
●第2回:2019年2月19日(火)19:00〜21:00 釧路市生涯学習センターまなぼっと幣舞 多目的ホール
・実践報告:「これからの治療やケアについて話し合うことが大切な理由」〜ふたば診療所 院長 谷藤公紀氏
・グループワーク:「アドバンス・ケア・プランニングってなに?」
〜ファシリテーター:釧路赤十字病院 副看護部長 稲荷弥生氏
ーーーーーーーーーーー「釧路における在宅医療・ケアの推進に向けて求められるもの」
●第3回:2019年5月23日(木)19:00〜21:00 釧路市生涯学習センターまなぼっと幣舞 多目的ホール
・グループワーク:
1「自分らしく生きるを支える医療・ケア」を実現するためにどのような取組ができるのかを明確にする。
2 継続的な協議の機会と場づくりにつながるように成果を総括する。
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2018.1114 O.A 市立釧路総合病院 泌尿器科 森田研氏&林田クリニック 院長 林田賢聖氏

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<part1> 
いよいよ9月1日からCKDネットワークが本格始動しました。CKDとは慢性腎臓病の略語、chronic kidney diseaseの頭文字をとったもの。別に新しい病気ではありません。現在、世界的にも慢性腎臓病が増えてきて問題になっています。何が一番問題かというと、治療法が薬剤としてまだ存在していないということ。末期の腎臓病になってくると透析や腎臓移植が必要になります。それまでの間、殆どが無症状で、実際の腎機能が15%を下回る状況になるまで全然症状が出ていないそう。早期で啓発し、早めに受診してもらい、進行を食い止められないかという考えから出てきたのがこの概念。釧路でCKDネットワークが立ち上がったのはこの春。CKDは色々な腎臓病から最終的に慢性的に腎機能が廃絶に近づいている状態のことをいうので、疾患としては糖尿病、慢性腎炎、高血圧性からくる腎硬化症等があるそう。釧路がこのシステムをオリジナルとして始めたというのではなく、先にやっていた静岡県藤枝市があり、関係者が見学に行かれたそうです。藤枝の中心人物が、藤枝市立総合病院の山本龍夫氏。彼を招いての講演会も釧路で開催。この様な活動を始め、腎機能が悪化する方が減ってきたとか、病院にいらっしゃる患者さんの腎機能の値が改善した等、直接的な効果はもちろん、2年位の間でもすでに変化ははっきり出てきているそうです。関連して糖尿病やコレステロール関係等全般的な生活習慣病による健康障害の数値も改善しているらしいとのこと。釧路もこのCKDという言葉の認知度をあげて、放置せずに早めに受診していただく方を広げたいという気持ちがそこにあります。腎臓の機能を表すeGFRというものがあるのですが、普通は90以上が正常。慢性腎臓病は血液検査で60未満を3ヶ月以上持続した状態があるか、あるいは尿検査で異常があるか、画像上で腎臓に何か異常があり3ヶ月以上持続しているか等の定義があるので、まずは血液検査や検尿で自分の値を知ることが必要なのです。
<part2> 
腎臓は血液を濾過して必要のないものを尿として排泄し、必要なものを再吸収して循環させるという役割を持っています。当然心臓と繋がっているので、腎臓が悪くなると一定の割合で心臓病も出て来るそう。一度悪くなると、今の医療では元には戻らないのです。だからこそ早く気づき進行をできるだけ抑える事が必要と。
ーーーーーーーーーーー
12月1日(土)15:00〜16:30 市民公開講座 健康セミナー 〜教えて腎臓病〜
イオンシネマ釧路(釧路町桂木1-2-2 イオン釧路店横)参加無料、予約必要。
プログラムA「CKD45! じんぞうさんのとんち合戦」釧路赤十字病院 内科 古川 真氏
・・・・・・・ちょー釧路大好きな古川氏が腎臓についての事をわかりやすくお話ししてくれる予定。
プログラムB「白熱減塩教室!」林田クリニック 院長 林田 賢聖氏
・・・・・・・腎臓には根本的な治療がまだない。減塩の有効性についてのお話し。
プログラムC「質問コーナー その疑問、先生に聞いてみよう!」
※ハガキ付きのチラシが北海道新聞や釧路新聞に折り込まれる予定です。
また、医療機関にはこのチラシが置いてあります。必要事項を記入し、投函してください。(先着210名)
締め切りは11月22日(木)着日有効
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ちなみに林田氏の減塩対策について伺いました。1日6g未満が目標。一つ一つはチェックできないので、1食で6gのものを覚えておく。コツは禁塩ではなく、減塩。減らすことができれば良いのです。食べる回数を減らす、量を減らす、組み合わせを考えるとできると思うと。森田氏は意外なものに結構塩分が多いことがわかったそう。自分では少ないと信じているもの、例えば乾麺、食バンなどに結構塩分が入っていることがわかったと。食べ方のコツなどもあるので、工夫で塩分を少なくすることが可能だと思うとおっしゃっていました。
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2018.1107 O.A 釧路赤十字病院 内科 古川真氏

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<part1> 
今回はノーベル賞のお話しからスタート。非常に新しいタイプのオプジーボという名前の抗がん剤が有名になりました。今までのガンの薬はイメージとしてガン細胞そのものを破壊するという感じ。ただこれはガンといえども人間の細胞の一部なので、ほかの正常な細胞も破壊してしまうことにより、副作用が結構強くなってしまいました。それが、ガン細胞を直接破壊するのではなく、実はガン細胞は自分が攻撃されない様に免疫細胞のリンパ球を騙すのです。PD-1というのがリンパ球の方にあり、自分を攻撃しないでという成分を出す(PD-L1)にくっつき、雲隠れしてしまうそう。リンパ球が攻撃できない状態になるのです。そのPD-L1をブロックするとリンパ球の働きが元に戻るという、大元になる理論を本庶先生は見つけていて、PD-L1とかPD-1の発見をしていたそう。それを応用した薬を作る原理を発見した方が本庶氏ということ。この新しい薬は、免疫力を直接アップさせることになるので、その免疫力が異常を起こすこともあるそうです。副作用の出方が今までと全然違うのです。残念ながら免疫力が暴走してしまうことがあるそう。よって使うにも今までと違う注意が必要とのこと。例えば、中にはリウマチみたいな症状が出てくる方もいるそうです。ですから扱いが難しいのです。思いもよらない副作用が出るということを念頭においてやらなければいけないと。さて、ノーベル賞は1901年から始まりました。その時に生理学・医学賞も始まりました。日本人の受賞は1987年に利根川進氏、2012年に山中伸弥氏、2015年に大村智氏、2016年に大隈良典氏、そして2018年の本庶佑氏で5人目。やはり圧倒的にアメリカが多いのです。独断と偏見で選ばれた古川氏の中でのノーベル賞ベスト3を教えていただきました。3位はフレミングの博士の発見したペニシリン。このおかげで助かった方々がいっぱい。2位はステロイドを発見したヘンチ博士。そして1位は・・・。
<part2>
1位は、インスリンを発見したフレデリック・バンティング博士。1921年に発見され、動物実験してからわずか2年後に人に応用されたのです。糖尿病には大きく分けて2種類タイプがあります。1型糖尿病と2型糖尿病。1型は患者さんの数は圧倒的に少ないのですが、子供の頃からでもなりうる可能性があり、自分の膵臓から出るインスリンホルモンが全く出なくなるもの。インスリンが出なくなり食べても栄養にならないのです。全体の糖尿病の患者さんの5%くらいと言われているそうです。その他の糖尿病の患者さんはだいたい2型糖尿病と言われていて、食べ過ぎ、運動不足などでなってくるもの。徐々に血糖値が上がってくるのです。最初にバンティング博士が投与したのが、子供の1型糖尿病の患者さん。1921年にバンティング博士がインスリンホルモンを発見するまでは、治療法がなかったそう。病院に行ってもなす術がなかったということ。それが、注射で痛い思いはするけれど、普通にご飯が食べる事ができる様になり、普通に元気になり、普通に遊ぶ事ができて、大きくなることができたのです。ものすごい発見です。2型糖尿病の方でも長年時間が経っていくうちに膵臓からのインスリン分泌が衰えてきてしまい、インスリン打った方が良いという状態になる方もいらっしゃるそう。やはり糖尿病の治療においてはインスリンは大事な薬。発見されてからわずか2年後に受賞なさったことも頷けます。
ーーーーーーーーーーー
11月17日(土)15:00〜18:00 くしろ糖尿病デー 市民公開講座
釧路市生涯学習センター(まなぼっと幣舞) 2階 多目的ホールで開催。入場無料、予約不要。
15:00〜15:30 講演1「キズと糖尿病と足〜糖尿病性足潰瘍を防ぐ!〜」
・・・・・・・・釧路労災病院 形成外科 池田 正起氏
15:30〜16:00 講演2「糖尿病を知ろう〜やっぱり太りすぎはまずい!?〜」
・・・・・・・・北海道大学病院 内科II 糖尿病内分泌グループ 宮 愛香氏
16:00〜16:30 講演3「クイズ!?糖尿病そこまで言って委員会(いいんかい)!!」
・・・・・・・・釧路赤十字病院 内科 古川 真氏
16:30〜17:30 ぴったりカロリー夕食会(参加費無料)「ぴったりカロリー」〜体験!糖尿病食でお弁当
16:30〜18:00 体験ブースでのワークショップ
実はバンティング博士の誕生日が11月14日。なので11月14日が世界糖尿病デー。ということで、11月14日には釧路市生涯学習センターが青色にライトアップされます。(17:00〜22:00)
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2018.1031 O.A 市立釧路総合病院 皮膚科 須貝達朗氏

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<part1> 
小さい頃アトピーがすごく、包帯グルグル巻きで学校に通っていたそうです。そんな辛い時にある病院に通ってから急に症状が良くなり、コントロールできる様になったことがきっかけでこの道に進まれたのです。それが小学校2年生位。発症は2歳か3歳位でそこから結構ひどい症状に悩まされたそう。世の中、誤解もたくさんあり、またインターネットで情報も沢山出ているけれど、その中でどう選んでいくのかが難しいところではあると思うと。その先生と出会い、病気との向き合い方を教わり、患者さんの人生を変えていけるなんて素晴らしい職業だと思ったそうです。決定的だったのは受験の時。センター試験が終わり交通事故に遭遇。救急車で病院に運ばれたのです。2次試験直前だったので、ネガティブな気持ちになっていた時にそこで皮膚を縫ってくれた先生が皮膚科の先生でした。その先生がとても励まし叱責してくれたそうです。今では事故にあったのもわからない位に綺麗に傷を縫ってくれたのです。それが決定打となり皮膚科医を目指したと。皮膚科は医学部に入る前から念頭にあり、全国の病院を見学し、出会ったのが北大の皮膚科の先生。その素晴らしい先生のもとで働きたいと思われたそう。交通事故で運ばれた時に縫ってくれた先生は名前もわからず、どこにいるのかもわからない。でも小さい頃からアトピーでお世話になった先生には今度学会でお会いするのを楽しみになさっているそうです。あえて出向くという形ではなく、学会発表や、自分が何かをしている時にお会いして、一緒に写真を撮るのが今の一つの小さな目標とか。新しい治療と昔ながらの治療と織り交ぜ、患者さんを良い方向に導ける先生が良い先生だと思っていらっしゃいます。患者さんにとって一番良い選択肢は何なのかを探せる先生が良い先生かな?と。医師になって今年5年目。現在興味を惹かれる分野は沢山あり、アトピーはもちろん、乾癬、美容、手術等々。やはり一番の興味は新しい治療も出てきたアトピーと教えて下さいました。
<part2> 
沖縄には6年間。現在も年に2回位は沖縄に行っているので、沖縄の事は、おそらく釧路で一番詳しいかも・・とのことで、お話しを伺いました。まずは、view pointから。もちろん海が綺麗な所は沢山あり、さらに星が綺麗な所も多いそう。沖縄本島でも天の川が見える所が結構あり、南部に行くと、こじんまりしたビーチがあり、オススメと。真栄田岬等が有名ですが、そういう所も良いけれど、でも実はもっと北部に行き海に行く方が綺麗と。今帰仁村が個人的にはお好きで、海が綺麗で美味しいご飯も食べる事ができるそう。青い海と白い砂というイメージはどこに行っても同じではないそう。場所によって全然違うそう。透明度が違うと。座間味や阿嘉島に行くと、海が透明で透き通っていて、釣りをすると、ルアーを投げて、海に潜ると、10m先でも魚がルアーに食いつくのが見えるそうです。そういう所でのんびりするとかなりリフレッシュできるとおっしゃっていました。ただ、どこの海に行くにも皮膚科的には日焼けはしっかり予防してもらいたいと・・・。SPFの強いものを選んで、その中から自分の肌に一番合う、かぶれないものを選んでほしいそう。一番大事な事は、1日1回塗るのではなく、2時間おき位に日焼け止めを塗りなおすこと。それがしっかりとした日焼け予防とのことです。実は先生はとてもグルメ。スマホはカスタマイズされて、食に関するデータがびっしり。沖縄に関するお料理について教えていただきました。個人的におすすめしたいお店が2件。1件はバカールというピザ屋さん。ここのピザは日本で一番美味しいと思うと。生地もトッピングもすごく美味しい。石窯で焼いて本格的なナポリピッツアを食べる事ができるそう。もう1件は胃袋という創作料理のお店。沖縄料理の時もあり、和食の時もあり、その時によって料理が全部変わるそう。ドアノブが胃袋の形をしているそうです。釧路は食に関して最高と。肉もあるし、魚の鮮度が全然違う。素材の味は大事。食材のクオリティがものすごく高くて、東京の友人に釧路に遊びにきてと最近、声をかけているそうです。
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2018.1024 O.A 釧路労災病院 神経内科 津坂和文氏

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<part1> 
2000年から釧路に勤務なさっていますが、実は以前にも5年間釧路にいらっしゃったので、人生の半分近くは釧路人と。医師になって30年以上。この間色々な変化がありました。医学の進歩はめざましくガンの薬など、最近話題になったオプジーボなどは昔は全然考えられなかったと。神経内科の分野でもここ10年位どんどん出てきているそう。また、高齢社会ということもあり介護する看護するという事もかなり重視される様になって、より良い方法、良い道具等も出てきていると・・・。
神経内科とは、神経の内科。脳神経外科という科があります。脳・神経に関して外科的な手術的なアプローチで治すという科。その内科版。脳神経外科というのはポピュラーで、みなさんご存知です。最近、神経内科の学会である日本神経学会が、脳神経内科という呼び方にしようと、その様な事を提唱しているそうです。疾患的には、例えば脳に起きる黴菌がついた、血管が詰まった、その様な病気、脳炎・髄膜炎・脳梗塞・脳出血等々。なぜか北海道では脳梗塞、脳出血等の血管障害は、脳神経外科の先生方が診ているという歴史というか、経緯があるそうです。歴史的に見ても神経内科より脳神経外科の方が、北海道では早く進歩しているそう。ですから脳神経外科の先生が、むしろ神経内科が診るべき疾患を診てきたという点はあるそうです。多い疾患はパーキンソン病、人口1万人に対して100人位と言われている病気です。高齢の方に多い病気。脳の中でドーパミンという物質を出す神経をドーパミンニューロンと言うそうですが、そのドーパミンニューロンがどんどん減るのが原因の病気と。ただそれがなぜ減るのかはまだ不明な部分があるそうです。色々な症状があるそうですが、4大症状(手足が震える振戦、筋肉がこわばる固縮、動きが鈍くなる動作緩慢、身体のバランスがとりにくくなる姿勢反射障害)が多く見られ、特徴的なものとのことです。
<part2> 
まず、神経内科という医師が少ないそう。患者さんがどの科に行って良いのかわからないと、神経内科の病気でも最初に色々な科に行かれるそう。どこに行ってもわからないと言われ、神経内科で病名がはっきりした時に、患者さんに一つ道筋をつけることができたと思うと喜びを感じるとおっしゃっていました。その結果、治る治らないに関わらず患者さんから感謝される事が多いそう。世の中には名医と言われる人がいたり、ドラマですごいお医者さんが出てきたりしますが、現実問題その様な医師を目指している訳ではないと。日々の仕事を粛々と行うことのできる医師が理想。「患者さんにできるだけのことをして行きたい。最終的に患者さんに感謝されるとは限らないのですが、やるべきことをやる。そういったことを心がけています。」
ボブディランが大好き。でも、ファンであることをやめてしまったそう。好きだなと思う曲に出会い、その後ファンというつもりでレコードを買いあさったりしたそうです。「ボブディランという方は今思えば非常に自由な人で、この人を理解するには自由という言葉が良いと思うのですが。ファンにも束縛されない。そしてまた過去にやった自分の事にも全く束縛されない。ですからアルバムがかわると雰囲気が一気に変わってしまう。実のところそう行って自由に行きていけるというのって格好が良いですね。」最初はフォークギター1本抱えて、ハーモニカを下げて、一人だけで演奏して歌ってというスタイル。その後ロックバンドを後ろに従えて大音響で奏でるという感じ。コンサートも一切ファンサービス的なことはしないそう。以前札幌でのライブ行かれたそうですが、黙って出てきて、メンバー紹介もMCもなし。カウントもせずにいきなりギターを弾き出す。それにバックバンドがついて行き演奏が始まる。でもそれが何と無く格好が良いと。曲もそのライブ毎にアレンジを変える。ですから何を歌っているのかわからない。全く別の曲になっている。ということでファンでいることに疲れたそうです。
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2018.1017 O.A 市立釧路総合病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 坂下智博氏

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<part1> 
お母様が看護師をなさっていて、住んでいる場所の近くの病院で働かれていたそうです。病院主催の夏祭りがあり、多くの住民が集まり、ドクターやナース、患者さんも参加していたそう。そんな事もあり病院がとても身近な存在だったそうです。また、高校生の時に医療関係のテレビドラマを見ていて、手術室の緊迫感等に格好良いなという憧れがあったと。小学生の時にはお父様から与えられたパソコン(当時はマイコン)を使ってゲームを作ったりしていたそうで、最初はゲームを作るプログラマーになりたいと思った事もあったそう。
去年の3月に坂下氏が赴任なさってから耳鼻咽喉科・頭頸部外科という形になさったそうです。耳鼻科とか耳鼻咽喉科だと耳や鼻のイメージ。実は入院患者さんは頭頸部ガン(甲状腺ガン、咽頭ガン、喉頭ガン等)や顔面骨骨折等の修復の手術をする事もあるので、役割を明確にするという意味あいでこの様な形にしたそうです。実際に頭頸部外科の手術は増えてきたとおっしゃっていました。患者さんの数や罹患数で考えると甲状腺ガンの患者さんが多いとのこと。甲状腺の病気はガンだけではなく、バセドー病、機能性疾患の方もいらして、内科的な治療をする事も多いそうですが、最終的には手術や外科的治療も必要になる事が多いと。甲状腺に関する病気の原因ははっきりしていない事が多いので、誰にでも起きうる可能性があり、特に女性が多いそう。最近は血管のエコー検査を検診で行い、そこで甲状腺の腫瘍が見つかってくることが多いそうです。ほとんどは良性のもの。ただ中にはガンや命取りになる病気も隠れているので、そういう方を拾い上げて治療して行くことが大事だと思っているとおっしゃっていました。「若い頃、当時の部長の飯塚先生が頭頸部外科、頭頸部のガンを専門になさっていて、彼の姿を見て、僕はそうなりたいと思ったんです。今、飯塚先生の後釜でここに仕事で来ているというのは僕にとってはとても幸せなことなんです。」
<part2> 
医師になって17年目。その間には劇的な変化があるそう。手術治療自体はあまり変わっていないそうですが、放射線や抗がん剤の治療が出てきたり、抗がん剤も今は新しい種類のものが出てきて、それが良く効くそう。現在のポリシーはやはり患者さん第一。ガンの治療は一つではないと思うと。ガイドラインやある程度のルールみたいなものが決まっていて、これが一番治療成績が良いとわかっていても患者さんの好みはやはり違うのです。例えば、声を出す機能、飲み込む機能等も大きく関わるので、患者さんの一番望んでいるところは何なのか?それぞれきちんと要望をお聞きしてできるだけ望む形にしていきたいと教えて下さいました。
ギターは高校生の時から。大学生ではバンドを組んで、激しいハードロックを演奏し、長髪になさっていたとか。レッドツェッペリン、ディープパープル等のイメージの曲をオリジナルで作ったりしていたそうです。その後しばらくはギターを触ることなく・・・またここ数年やり始めたそう。昔から一緒にバンドをやっていた仲間に声をかけ、音楽熱がふつふつと湧き上がってきたそうです。皆が集まってやるのが楽しいそう。そもそもギターを始めたのは、高校生の頃なのでやはり女の子にモテたかったと。最初はエレキギター、現在もエレキも弾くし、アコースティックも弾くのです。最近は山崎まさよし、斉藤和義が好き。なので弾き語りでやったり。実は学生の頃は歌っていなかったそう。寡黙なギターリストを目指していたそうです。彼らの曲を聞いていると、ビートルズのフレーズが出てくるそう。今はビートルズが大好き。ビートルズの全曲集を購入し、時間のある時はビートルズの研究をしているそう。1曲を聴けば聴くほど色々な音が聞こえてくるそうで、何度聞いても新しい発見があると。「耳鼻咽喉科は耳や喉等音楽に関するところでもあるので、医療と音楽で僕自身も元気になれるし、患者さんはじめ、釧路の方を元気にできたら良いかなと思っています。」
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2018.1010 O.A 市立釧路総合病院 泌尿器科 森田研氏

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<part1> 
10月13日に市民公開講座が開催されるということで、それにまつわる色々なお話しを伺いました。基本的に北海道の移植医療を理解いただこうということで以前から開催しています。今回の特徴は全道各地で同じテーマの対談を行っている点。9月2日の旭川を皮切りに、北見、札幌、釧路、函館で開催中。最近テレビでも日本移植ネットワークのCM等が流れています。臓器提供が日本では少なく、それによって適正な命が助かっていないという事に危機感を抱き、臓器提供・臓器移植について考えていただこうとこの様な形になったそうです。日本の移植技術自体は世界でもトップレベルと言われているそうですが、実際に提供する方が少ないので、移植が達成される方が数が少ないというのが問題。それを欧米並みにしようということがこのテーマになっていると。臓器提供については、一番多いのがスペイン。なぜ多いかというと、運ばれた患者さんが脳死ドナーになりうるという状況になった場合、NOという意思表示をしていないと、臓器が提供されるというルールになっているそうです。日本では臓器提供をしたいという意思がないと、提供できないという事情があります。そういうシステムを作っているかどうかというのが大きな原因だと思われると森田氏。
さて、市民公開講座は三部構成。一部は国際移植者組織 トリオ・ジャパン会長の青山竜馬氏が「移植医療を必要とする子供たち」という講演。ご自身の双子の娘さんが出生後まもなく二人とも同じ重い心臓病と判明、心臓移植を受ける為に奔走し、娘さんを助けた記録が出版されたそう。「心臓移植を受けなければ助からない病気にかかっている事がわかったのは、双子の娘さんのお姉さんが亡くなったことがきっかけ。自国の臓器移植は自国内でという国際ルールを超えて娘さんの命を助ける為の記録が詳細に記載されていました。かなり感銘を受けたというかショッキングでした」と森田氏。ジャーナリストの方が青山氏の話を聞きとる形で、ドキュメンタリータッチでまとめてあるそうです。
<part2> 
続いて公開講座の第二部のお話しです。「移植医たち」の作者である谷村志穂氏と旭川医科大学教授の古川博之氏との対談。移植のメッカと言われるピッツバーグ大学にいらっしゃったスターツル博士という、世界で肝移植の第一人者的存在の方の元に日本から沢山の肝臓外科医が留学して勉強をしているそうです。その本を読むと日本と米国の医療システムが全く違う事がよくわかるそう。日本の20倍以上の移植件数とも言われる米国では、どの様にして臓器移植が行われているのか、それを学びに渡米し、だんだん移植チームの主体となっていく日本人たちの活躍を実際の肝移植の黎明期の記録と共に、谷村氏が書き下ろしたノンフィクションドラマになっています。登場人物が北海道の肝移植外科医で、非常にリアルな描写が特徴的。谷村氏と対談なさる古川氏は移植医たちの中の一人です。「一部の青山さんの話しとも共通しますが、厳しいところを頑張って挑戦していくという意思、医療スタッフ全ての方々のものすごい熱意で動いているというのがよくわかります。非常に印象に残りました。」
第三部はシンポジウム「臓器移植を増やすために」講演者を中心に座談会を行い、現状私たちは何を考えるべきなのか?脳死臓器移植のドナーコーディネーターの司会でまとめを行うそうです。
2018年10月13日(土)市民公開講座 釧路労災病院 3階講堂 12:30(開場)13:00(講演開始) 入場無料
第一部:講演「移植医療を必要とする子供たち」 国際移植者組織 トリオ・ジャパン会長 青山竜馬氏
    座長 釧路労災病院副院長 小笠原和宏氏
第二部:対談「移植医たち」作者と語る移植フロンティア 
    移植医たち著者:谷村志穂氏 メディエーター:旭川医科大学病院長 古川博之氏
第三部:シンポジウム「臓器移植を増やすために」
    司会 市立釧路総合病院 ドナーコーディネーター 亀井恵子氏
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2018.1003 O.A 釧路労災病院 内科 桜井健介氏

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<part1> 
手に職をつけたかった。知らない土地に行った時に「お前は何かできるのか?」と聞かれた時に「自分はこれができる」というものを一つ身につけたいというのが最初にあり、かつ直接人の命をつなぐ手助けができる様な仕事ができればと思いこの道に進んだそうです。医師になって4年目。とにかく忙しいので、本当はもっと患者さんやご家族の方と意思疎通をする場を持ち、話す時間を取りたいと思っているのですが、どうしてもそれができないのがジレンマと。内科を選んだのは、大学4年生の時に潰瘍性大腸炎の疑いで1ヶ月位入院したことがあった事が関係しています。その病気は若い人に発症することが多い原因不明の難病。ご自身はその診断はつかなかったそうです。ただそれまで自分が医学部の学生だったにもかかわらず、病気になるという事を考えたことがなかった。さらにその病気で苦しんでいる人が世の中に沢山いるという事も。就職、進学、結婚、子供ができたり等のライフイベントが多い時期に発症する病気で、その病気の為に進路や先々のことが妨げられたりする方も多い。そういう方の力になれたらと思ったのが一番の理由と。よって消化器内科が専門で、今は釧路で内科を広くなさっていますが、おそらく札幌に戻る時は消化器内科を診ることが多くなると思うとおっしゃっていました。さらにその消化器内科の中でも潰瘍性大腸炎を専門にやっていきたいと。特定疾患とされているものの中ではこの病気は一番多いのでは?というくらい多いそう。ところが研究している人が多いにもかかわらず抜本的な治療法もなく、ご自身もその研究をしてみたいと思われています。理想の医師とは、「医学的知識に関してとか、手術等は限界がどうしてもあると思うので、患者さんの気持ちをしっかり聞いて、さらに家族や社会的状況を考えて適切な治療法を選び、患者さんが望む様なライフプランをきちっと叶えてあげる事ができる様な医師かな。研修医の時に出会った家庭医の方が印象的。医師として目指すところは自分とは違うけれど、患者さんを診るときの姿勢、考え方は素晴らしいと思いました。」
<part2> 
小学校4年生からやっているのが野球。中学に入る位までは野球選手に憧れたそう。身近にプロ野球選手になった子もいて、そういう人たちを見ると「ああ無理だ明らかに」と思い諦めたそうです。ポジションは大学の時はセンター、高校まではピッチャー、ショート等。松井稼頭央選手に憧れ、ショートが一番と思ったそう。でもそんなに上手ではなかったので、自分の才能にあったポジションとやりたいポジションは違うので、外野で頑張っていたと教えて下さいました。野球に限らないけれどチームスポーツ、皆で熱くなれるところが好きと。釧路でもブレーブ釧路という釧路の社会人野球チームに所属。でもなかなか行けないのが悩み。「全然行けてないですね〜。めちゃくちゃ野球したくてやばい。ボール捕まえた過ぎてやばい」なんて。冬はスノーボードをなさるそう。こちらも中学2年位からやっているので長く続いている趣味です。働き始めてからどんどん筋力が弱くなっているので、まずは筋トレしてからかなと。湿原の風アリーナには出没なさっているそうです。最近は新しい趣味も加わったそう。お父様の影響でアルトサックスを始めたそう。おさがりのサックスをもらい、最初はお父様に教えてもらおうと思ったそうですが、やはり身内に教えてもらうと色々と・・ということで教室に通っているそう。ちなみにお父様はテナー、アルト、ソプラノ全てのサックスをなさっているそうです。ヤマハの大人の音楽教室でドレミファソラシドから教わり、一応週1のペースで申し込んでいるそうですが、現実には月1位しかこちらも行けていないそう。家で練習はできないので、時間ができたら一人カラオケならぬ一人サックスをやったりすることも。「ジャズの有名な曲をマスターして、SAPPORO CITY JAZZにいつか出てやってみたいというのが今の仕事以外の夢です」今は宮城島先生から一緒にやろうという一声を待っているそう・・・です。
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