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2018.0808 O.A 釧路赤十字病院 副院長 近江亮氏

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<part1> 
病院には風物詩みたいなものがあり、昔は夏休みや冬休みになると、主に小学生のヘルニア、いわゆる脱腸の手術が多かったそう。ところが、最近はなくなったそうです。小児科の先生が小さいうちに見つけて、手術をする事が増えたのが一つの原因とか。「病院として季節感がなくなったかなというイメージですね」としみじみ。脱腸とは、内臓を包んでいる膜が身体の隙間を通って外に出て、その袋の中に時々腸が飛び出て来て、黙っていると戻っていくというのを繰り返すというもの。子供で出る脱腸と大人で出る脱腸の2つに大きく分かれるそう。似て非なるもので、原因が違うそうです。子供の脱腸の話しから。脱腸は男の人に多い病気で、約8割は男性。原因は腹膜鞘状突起という腹膜の出っ張りが鼠径部に残っている事にあるそう。腹膜鞘状突起は、胎生期後半に精巣が腎臓の下あたりから鼠径部に下降して来る時に、腹膜が鼠径部に伸びてできたもの。精巣が陰嚢内に下降した後は、一般的に多くの場合は自然に閉じてしまうそうです。女児は、非常に少ないそうです。男児は出てしまっても約半年位様子を見ることが多いと。ただ1歳を過ぎると残念ながら狭くなる事はほとんどなく手術の適応になる事が多いという事でした。大人の脱腸は、50歳過ぎから増えてくるそう。というのは、歳を重ねると筋肉や靭帯等が緩んできて隙間ができることにより脱腸になってしまうという事なのです。どういう人がなりやすいかというと、力仕事をしてお腹に力が入る人。腹圧がかかる人に起きやすいそう。子供の脱腸の場合は鼠径輪、鼠径管というところから出てくる事が多いそうですが、大人の場合は色々な所から出てくる可能性があると。鼠径ヘルニア、脱腸と言っても色々なタイプのものが大人にはあるそう。代表的なのが、外鼠径ヘルニア。これは子供と同じ様に鼠径管のところから出てくるヘルニア。内鼠径ヘルニアは、血管より内側から出てくるヘルニア。そして年配の女性に多いのは大腿ヘルニアとのこと。
<part2>
脱腸は患者さんの数として多く、特にお年寄りのヘルニアが非常に増えているそう。抱えたまま持っている方が多い病気と。ある本によると、男性の1/4は脱腸になるという位非常にポピュラーな病気なのだそう。釧路赤十字病院では去年99件の脱腸の手術があったそう。全手術のうちの1/5は脱腸の手術とか。全国的に見ても非常に多い手術だと思うとのことでした。不快感が強い、痛みがあるという事でしたら一度相談してみた方が良いかもしれません。釧路赤十字病院にはヘルニア外来があります。気になる方はhpをチェックして!!
続いて趣味のお話し。海洋生物は相変わらず大好きで、今年の遅い夏休みには、久しぶりに沼津港深海水族館に行こうと思われているそうです。マニアにはこたえられない世界で、シーラカンスもおいてあるそう。なぜ深海魚が好きなのかはわからないと。旅行に行ったらその土地の水族館に行くので、全国の水族館に結構行かれていて、さらに海外でも水族館に行ってしまうと。日本と海外の水族館の違いはそのスケール。規模が大きい感じがすると。展示方法は似ているかも。でも日本の方が細やかかもしれないと教えて下さいました。「僕にとっての深海魚の始まりはシーラカンス。発見された当時のニュースとか、本を読んだりして憧れました。そこから入った深海魚の世界。シーラカンスの他にはサメ類が気になるそう。今からワクワクしているとまるで少年の様な瞳をキラキラさせながらのトークでした。「子供の頃身体が弱かったんですよ。生まれた時に脱腸だったらしい。半年待って治ったみたい。でも母親に私がお医者さんに連れていき、お世話になったと言われ続け、騙されて医者になった感じがするんですよ。お医者って偉いのかな?って。すごい勘違いだったんですが。そうでなければ僕は海洋生物学者になっていたかもしれないですね。本当に退職した後、北大の水産学部に学士入学したいと心の中で思っています。憧れはシーラカンス、でも研究をするならナマコかな・・。」
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2018.0801 O.A 釧路赤十字病院 研修医 川村拓朗氏

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<part1> 
出身が青森八戸市。高校生までは地元で過ごし、大学から北海道に。八戸は方言は、若い世代はあまりないそう。皆さんが知っているのは多分津軽弁だと思うのですが、僕も話すことができないと。八戸は南部弁。「〜だすけよ」「わどっかさいくわ」「ゆさいくわ」など。八戸といえば・・イカ。お刺身でいただくのが一番美味しいかなと。あとはB級グルメでせんべい汁が有名。せんべい汁用のせんべいが売っているそう。普通に家でも食べるし、八戸では給食でも出るそうです。醤油ベースで豚汁みたいな感じ。大根、人参、キャベツ、ネギ、ゴボウ、豆腐、豚肉にせんべいといった内容。せんべい汁用のせんべいは普通に食べたら美味しくなく、味なしせんべいといった感じとか。家庭料理なのでお店ではあまり食べないそう。居酒屋のメニューにもあるそうですが、家のが一番美味しいとおっしゃっていました。小学校5年生の頃に病気をして整形外科にお世話になったそう。入院して手術して、車椅子に乗り、養護学校にも一時期お世話になったと。6年生の修学旅行には車椅子で行くなど辛い思い出も。その頃から医師と触れ合う様になり、優しい先生と知り合い、医師も良いな・・と思い始めました。整形外科医というと勢いがあって怖そうな先生というイメージでしたが、全然そんな感じではなかったそう。川村氏はすでに内科に進もうと決められています。慢性疾患というか、長く付き合っていける疾患を診ていきたいと。ご自身の性格も外科向きではないと感じるとか。
今考える理想のドクター像とは・・「時に患者さんにしっかり厳しく言える医師が一番良いのかなと。僕はあまりそこができていない。メリハリをつけるというか優しいだけが多分医師ではないと思う。その人のことを思ったらきちんと言わなければならないこともある。そういうことをちゃんとできる人が尊敬できますね。そういう人はちゃんと知識や経験などのバックグランドがあるはずだから。」
<part2>
長い趣味はゴルフ。部活で大学6年間なさっていたそう。ゴルフは辛いことも結構多いそうですが、18ホールある中で、自分の中で最高の一打がたまにある。その感覚が忘れられない。だから楽しいそう。
1回まわったコースでも2回目行った時の天候などの影響で全然顔が変わると。違う景色に見えるのでそれもまた面白さのひとつかもとおっしゃっていました。何回同じコースに出ても正直面白い。毎回違うのでそこが楽しいところだと思うとも。他にはキャンプが大好き。子供の頃に家族と毎年行っていたので、それもあり大学時代友達とキャンプに毎年行ったそう。自分でキャンプ道具も買い、椅子、バーベキューセットもなぜか2セット、さらにマイテントも。最近ではワンタッチの簡単なテントがありますが、ご自身のは古いタイプ。大変だけど皆んなでテントを作っていくのも楽しい過程と・・・。キャンプでの料理は、夜はバーベキュー。皆で切って皆で焼く。朝はカレー。中学・高校時代は剣道部。礼儀作法も身につき、とても良いスポーツだと思うので子供ができたらやらせたいと話してくれました。他には、せっかく釧路に来たので今後は海釣りをしてみたいそう。本格的な釣竿も買って。
研修2年目。現在のところ、内科を目指して内科メインで勉強をなさっています。でも、それ以外に今しか取れない診療科というものがあるので、小児科や産婦人科や整形外科等も勉強したいそう。「自分の将来進む専門の科とは違う様な分野も内科に通じることはあると思うので、その様なところをしっかり勉強したいと思っています。」将来的には腎臓に関する方面に進みたいそうです。細かい管理が好きなので、糖尿病などの患者さんの管理をやって行きたいと。糖尿病はその方のライフスタイルにすごく影響される病気だと思うので、その方にあった医療を提供できる様、マネジメントをしっかりしていける様になりたいと教えて下さいました。
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2018.0725 O.A 釧路労災病院 内科 押味和夫氏

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<part1> 
悪性リンパ腫の研究を道東を拠点に行うという新聞記事から。たまたま鶴居村に住んでいて、ここに遊びにきた仲間達がここで研究会をやったら良いと言い出して・・・とのこと。基本は若者の教育。学生や、卒業したての研修医や血液内科に入った若い医師。その様な方々に来てもらいベテランの医師等にお話しをしてもらい勉強をしてもらおうという目的。ただ、他の目的も色々。鶴居を好きになってもらいたい。もしかするとそこに住んでほしい。他には韓国や香港等アジアの血液の専門の医師や研究者を呼び、資金が集まればアジア規模で広く海外から呼び、一緒に研究をやっていきたいと。以前にもその様なことをやって大成功を収めたが、一度解散してしまった。でもまた皆でやろうという動きになり、今回の運びになったそうです。アジアに多い悪性リンパ腫とは?極端な例は、成人T細胞白血病、白血病という名前がついているけれど白血病リンパ腫で、リンパ腫みたいにリンパ腺がはれてくる。これはウイルスで起こるそう。ウイルスは日本人が結構持っていて日本に多い。ところが、別のウイルスでEBウイルスというのは世界中にいるウイルスで、多くの人が感染しているそう。そのウイルスが原因で起こってくる悪性リンパ腫がNK細胞リンパ腫。普通は心和やかにするとNK細胞の活性が上がりガン細胞を殺す等と言われているが、ところがあれ自体がガンになるそう。それがどういうわけかアジアに多い。日本よりも韓国、中国に多い。研究会立ち上げ当初のメンバーは中堅になり、現在はバリバリ。当時押味氏の相棒だった医師が現在、日本の悪性リンパ腫の研究をリードしているそう。この組織を3月にNPO法人に。研究会が一つの中心で、その研究会の中で若手の教育、まだまだわからない病気の研究をする。(治療の研究・原因を見つける等)それを夢として頑張っているのです。悪性リンパ腫に限らず、様々なリンパ系の腫瘍を皆で研究していこうと。今年は8月2日〜5日まで鶴居でワークショップを予定。
<part2> 
カラオケだったらマイクを持ったら離さないそうですが、クラシックは全然わからないという押味氏が9月に鶴居村でコンサートを企画。鶴居村ベルリン室内楽コンサートアンペルマン室内アンサンブル音楽監督 高橋徹氏が4人の仲間を引き連れていらっしゃるそう。最高レベルの音楽、ピアノ五重奏を皆さんにお聞かせしたいと。押味氏は福島県伊達市出身。実は隣町にいる世界的なカメラマンの青柳陽一氏が東京で活躍していて、田舎に帰りました。青柳氏がベルリンのコントラバス奏者の高橋徹氏と非常に親しくしているそう。ドイツで青柳氏が写真を撮った時に高橋氏が通訳をしたり色々とお世話をしたそう。そこで二人は意気投合。その後親子の様にお付き合いが続いているのです。そこで青柳氏が福島でコンサートを!と持ちかけ実現。伊達でやってくれるなら鶴居村でもやってくれない?とお願いしたところ、鶴居村でのコンサート開催が実現することに。押味氏は青柳氏のことを全然知らなかったそう。彼はアグネスラムを発掘なさったカメラマン。ポートレートを撮られるカメラマンですが、釣りが大好き。開高健を10年位口説き、アラスカでビデオを撮ったそう。押味氏は釣りが大好きでアラスカには何度も行かれていました。その話で盛り上がり、数年前に青柳氏と意気投合という繋がりなのです。アンペルマン演奏家ですが、高橋礼子(ピアノ)、ナイダム・星野羊子(ヴァイオリン)、カタリーナ・ラオフォ(ヴィオラ)、ティル・ミュンクラー(チェロ)、高橋徹(コントラバス)。プログラムは色々ですが、F.シューベルトの「鱒」を中心に演奏なさるそう。「もっとポピュラーな童謡や日本の唱歌をって言ったら、彼は頑固として、自分は最高のドイツベルリンのクラシックを演奏すると言って聞いてくれないんです。良いものは良いんだと。。。」9月29日(土)13:30 開場、14:00開演 
鶴居村総合センターホール 入場料(大人):2,000円、高校生以下無料。当日券のみ。会場でお支払い。
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2018.0718 O.A 市立釧路総合病院 泌尿器科 村雲雅志氏

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<part1> 
今回は先生の専門分野の中から女性の病気について伺いました。最近、テレビで女性の頻尿、尿失禁等を扱ったCMなどを見る機会が増えた感じがします。どうしても人に言いづらい。相談するところも知識もない。でも潜在的に困っている方が沢山いるという事がわかってきたそう。多いのはやはり尿失禁。くしゃみや重いものを持ったりした時、お腹に力が加わった時に漏れるというのを腹圧性尿失禁というそう。他に急に尿意を催し我慢ができなくて漏れてしまう切迫性尿失禁。この2つが混じっている方も結構いらして、それを混合型尿失禁というそうです。一番大きい原因は、骨盤の底で支える筋肉や筋が弱ってきて、その形が崩れてくる事。加齢も関係あるそう。それから出産の多かった方、お産の時に傷がついた方の場合、年齢とともに筋肉の衰えが出てくると、今までカバーしていたのに支えきれなってくる事が結構あるそう。緩んでくると重みに耐えかねて下に下がってくる。圧力が下がった方向に向いてしまうと多くの場合は膣のところから内臓が外に出ようとする。中には本当に出てしまう方も。そういう状態になると骨盤臓器脱と呼ばれるそう。分娩の回数が多かった方、非常に力仕事を長年やっていらっしゃる方、あとは肥満の方。お腹の中の圧が強いので、その圧の逃げ場を求めて骨盤の下の方に力が加わる様になるので、その様な方が比較的なりやすいと。予防策として、ひとつ重要なことはなるべく太らない様にする事。それから活動的な生活をする事。日常生活の中で色々な動作があると、無意識に骨盤底筋を使っているのでそういうところの支えが比較的保たれるそう。尿失禁に関しては軽いうちだと薬である程度症状を和らげる事が可能と。重症になってしまうと、特に腹圧性の方は形が崩れてきてしまっている方が多いので薬では限界があるそう。「今の手術の成績は95%以上はだいたい1回で一生大丈夫と言われています。病院に来ていただきさえすればなんとかなると思います。」
<part2> 
7月29日にコンサートがあるので詳しいお話しを伺いました。村雲氏は、釧路在住のピアニストの木下太陽氏と、北海道教育大学釧路校の広重真人氏と3人で10年ほど前からバロックトリオ・クシロというバロック時代の楽器を使った演奏活動をなさっています。今回はスペシャルゲストとして札幌在住の野中敏明氏と釧路在住のフルート奏者小岩明日香氏を迎えてのコンサートです。イタリア、フランス、ドイツ 古楽器が奏でる珠玉のバロック音楽。元のスタイルを復元したバロックヴァイオリンを使い、当然演奏の仕方もバロック時代。音質、構え方、使う弓も弦も違うので音色も違ってくるのです。他にはフラウト・トラヴェルソという楽器。フルートはもともと横笛、木管楽器。バロック時代には木の筒の笛にキーが一つ位しかついていなかったそう。バロック時代の演奏のスタイルは、今のジャズのコンボといった感じだそうです。ベースラインとピアノ、それがチェンバロがピアノとリズムを担当する感じ。チェロがベースをやります。そのフロントラインに独奏が二人つくといった感じ。それがトリオ・ソナタの基本のスタイル。今回はフロントラインが3人いるので、色々な組み合わせで色々な曲を演奏するという形。バロック音楽といえば、宮廷の音楽というイメージ。もちろんその様な曲もあるそうですが、酒場で余興的にやった曲もあるそう。教会でやる為、或いは宮廷でやる為の音楽をやっている人が、機会があれば酒場やカフェやホールでも演奏していたそうです。バッハもそう。酒場では名人芸を競い合うとか。そんな演奏も今回は聞く事ができそうです。音の駆け引きもぜひ楽しんで下さいとおっしゃっていました。バロックのスタイルを確立したのがイタリアのアルカンジェロ・コレッリという巨匠。コレッリを尊敬し、強い影響を受けたテレマン、ルクレールの名曲を古楽器で演奏なさるそうです。「バロック室内楽の精華」は7月29日(日)14:00開場 14:30開演 釧路市浦見4 ふくしま医院コンサートホール Urari で。 チケットは市内のプレイガイドで販売中です。
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2018.0711 O.A 釧路赤十字病院 内科 山本浩平氏

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<part1> 
もともと理科が好きで、研究をしつつ臨床もできれば患者さんの助けにもなるので、人助けもできて、生活もできて、かつ研究も・・・いうことで医師の道に。専門は糖尿病と内分泌、代謝。元々研究をしたかったので、何の研究をしたいのかを考え、脳の働きが一番面白いと思ったそうです。そこで、脳外科医になろうと考えました。ただ、脳外科の仕事はすごく大変で、技術を身につけるだけで、興味のある研究はできなくなるんじゃないかと・・・。迷っていた時に出会ったのが糖尿病をやっている先生。脳外科では、基礎に糖尿病を持っている方が多いのではないかと考え、ある程度糖尿病を理解できる様な医師になりたいと思い、研修をなさったそう。糖尿病と内分泌は一緒にみることが多い分野なので、内分泌の臓器というのは下垂体という脳の中にある器官もあり、ここから出てくるホルモンの働きで脳の精神作用みたいなものも少し影響を受ける可能性があるという事がわかったのです。ホルモンの働きと脳の働きというところから研究を進めていくというのが面白いと思ったのです。それと合わせて糖尿病の治療を実際にやってみてやりがいがあると感じたそう。色々考えるとその考えた通りに病気が良くなっていく。実際にやってみて、内分泌疾患とは理論だった疾患のことが多いとおっしゃっていました。糖尿病も似たような形で、どこかに原因があり、最終的な結果として血糖値が高くなるという状態になるので、どの部分に原因があるかを考えていき、患者さんと一緒にそこを見つけていくというのが醍醐味だと思うと。専門性のある知識は通常のドクターに負けない、専門分野のことに関してはトップレベルの知識を持ち、それ以外の分野に関しても一般レベルの知識、通常医師であれば持っているべきはずの知識を備えた上で、患者さんの気持ちや想い、価値観に寄り添い、その中で一番良い選択を一緒に選んであげることができるパートナーになる様な医師が理想の医師像と教えてくださいました。
<part2>
とにかく多趣味。まず読書、音楽鑑賞、楽器演奏、ヘッドフォン集め、スキー、スノーボード、サッカー、バスケ、テニス。実は進路を決める時に迷ったのは理系と文系どちらに進むか。得意教科が理科と国語。医師は理系の考え方をしつつ論文を出したり、患者さんとお話しをしたりと文系的な力もいるのではということで、あっていたのでは?と思うそう。一番長い趣味は読書。小学校に上がる前から読んでいたそう。本は周りにあり、いつでも読める環境は親が作ってくれていたと。覚えている範囲ではシャーロックホームズシリーズが多かったそう。推理小説が大好き。現在も好きで、それも現在の状況を形作っていると思うとも。病気の診断が少し似ているそうです。色々データを集めて、証拠を色々集めてきて、ここが犯人だ!ここが悪いところだと見つけるといった感じ。音楽は昔からロック系、しかも激し系がお好き。多分最初に音楽を聴き始めた根元なのかな?と。他のジャンルも色々お聞きにはなるそう。ガンズアンドローゼズを最初に聞き、ギターを弾きたかったけれど難しすぎて全然できなかったのが中学の時。そしてヘッドフォン集め。きっかけは良い音で聴いたらどうなるんだろうという単純な興味から。続いてはスポーツ系の趣味について。スポーツの中で一番長い趣味はスキー。小学校上がる前から連れていかれていたそうです。スキーは多分滑れないところはないと思うと。どこでも大丈夫!「できないものができる様になる感覚、過程が好き。だから色々な趣味に手を出しちゃうのでしょうね。」ポリシーは、「すべてやることは患者さんの為になる様にやっていきたい。一人一人の患者さんをみつつ、病院にかかっている全員の患者さんもみつつ、かつこの地域、北海道、日本、世界にも目を広げてどういう風に治療を進めるのが一番患者さんの為になるのかを追求しながら治療していきたい!」少々大袈裟だったかな?と収録後に仰っていましたが、それだけアツくご自身の想いをお持ちの山本氏でした。
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2018.0704 O.A 釧路労災病院 泌尿器科 氏橋一紘氏

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<part1> 
標茶町出身。小学校まで中学校からは中高一貫の進学校に通いました。周りに医学部志望や東大志望の人達がいた環境もあり、また、仕事をするのであれば人の為になる事をできたら良いなという気持ちがあり、医学部を目指したそうです。1学年120人、3クラスで男子ばかり。最初の1週間位は寂しかったそうですが、その後は快適な寮生活をおくられたと。1日中夜までずっと友達がいるので、逆に楽しかったとおっしゃっていました。手術ができる科という事をもともと考えていたそう。泌尿器科には内視鏡的な手術、開腹手術、腹腔鏡手術、他にはロボットを使っての手術等色々な手術が多く、そこに惹かれ泌尿器科へ。現在は、執刀なさることも増えてきているそうです。ガンや腎臓の移植の領域で手術が多いので、その道へ進んでいけたらという感じで今は考えているそうです。現在28歳。去年、大学病院で働いていたのですが、そこで出会った先生は、常に最新の知識を求めて勉強し、研究をしていたそう。何かを質問すると、どんどん新しい情報を教えてくれたのがすごいなと思ったと。「医師でなくても人間は一生勉強をしていくものだとは思うのですが、実際なかなか難しいと思います。でも大学でそういう先生を見て、自分もこうなっていきたいと思いました。常に新しい事を勉強して最新の知見を身につけながらやっていくのは理想の形だなと思ったんですよ。」色々な知識が増えると、患者さんに説明する時に、わかりやすい言葉で説明するのが難しいと感じているそう。ご自身は当たり前の様に話しても患者さんにとってはよくわからない言葉だったりという事があるので、意識して平易な言葉で患者さんが理解してくれているのかを表情等を見て、確認しながら病状の説明等をする様に心がけているそうです。1回の診察でも患者さんは「ありがとうございました」と言って下さるので、いつも有難く、一つ一つ噛み締めながら、さらに頑張っていかなければいけないと思っていらっしゃるそうです。
<part2> 
趣味は色々な所に旅行をすること。学生時代には北海道内はほとんど行かれたとか。稚内、函館、根室、知床、南は襟裳岬の手前まで。国内旅行は名古屋より西にはまだ行ったことがないそうです。国内はまだこれから攻めたいと。海外はヨーロッパ、カナダ、オーストラリア、ハワイ、台湾など。ヨーロッパは、卒業旅行で行かれたそうですが、オーストリア、ドイツ、イタリア、フランスを周遊。2週間位の弾丸ツアー。とりあえず色々な国に行ってその国の特徴というか、どんな国なのかを見極めて、ここ良いなとなったら将来またゆっくり行けば良いかなと。オーストラリアではリゾート感覚を楽しむ感じで、特に何をするというわけでもなく、海辺でゆっくりなさったそう。今まで行った所の中でもう一度行きたいのはハワイ。最初はハワイはミーハー過ぎてどうかな?と思ったそうですが、行ってみると、ハワイ旅行が日本人に人気な理由がわかったそうです。日本語が通じるのが一番過ごしやすい理由なのかな?と。海外に来た感じが全然しなく、しかもゆっくりとできるリゾート地なので居心地が良いというのがよくわかったとおっしゃっていました。旅にはリフレッシュする為に出るという感じ。せっかく行くならゆっくりしたいと。日本人は結構短い時間で、あれこれ詰め込む方が多いと思うけれど、なるべくゆっくり過ごそうと心がけているそうです。贅沢な時間の過ごし方ですね。今は週末は家で過ごすことが多いそうですが、なるべく外に出ようと思っているそう。久しぶりに釧路に戻って来て思ったのはやっぱり寒いな・・・と。夏は感じられないのかな?なんて。夕方になって霧がかかってくる感じが釧路らしいとしみじみ思っているとおっしゃっていました。
「仕事では初めてのことも結構多いんです。病棟業務や外来、手術も。すべて学ぶことだらけ。ひとつひとつ先輩に聞きながら学んでいけたらと思っています。」
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2018.0627 O.A 市立釧路総合病院 眼科 瀧澤嘉孝氏

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<part1> 
小学校から野球をなさっていたので小さい時はプロ野球選手になるのが夢だったそうです。ところが高校生になり野球に限界を感じたそう。5人兄弟の中で勉強はよくできたそうで、ご両親から医師になれば・・と言われていた事もあり、医師を目指して良いのかなと思ったそう。そんな時にドクターヘリの医療ドラマが放映され、それを見て「医者もカッコ良いな」と思い、この道を目指し始めたそうです。医大生5年の時に全部の科を2週間ずつローテーションする実習があり、眼科を実習した時に、上の先生が眼底検査をしてくれるというイベントがあったそう。そこで、ご自身が網膜裂孔という網膜に穴があいている病気が見つかったそう。レーザーで処置していただき、ことなきを得たそう。そこで眼科に興味を持ったそうです。あとは、優しい先生も多く、楽しい雰囲気がしたので、一緒に働きたいなと思ったこともあったと。今の段階で考える理想の医師像は、患者さんの訴えを聞いて、患者さんの立場に立って治療を考えたり、患者さんのことを思って生きる医師。現在は、外来、手術ともなさっています。釧路は疾患が幅広いと感じるそう。10年位前からOCTという網膜の断層を撮影できる機械があるそうですが、それが出てから眼科は変わったと言われているとのこと。今まで直接外から、レンズを通してしか見ることしかできなかったのですが、OCTは断層でわかるので、細かい病気が見つかるそうです。検査は眩しくもなく、痛くもなく、ある一点を見つめていると撮れるそう。眼科で良かったと思うことは・・診断から治療までできる科。最初外来で診た患者さんが、元気がなくても、最終的には満足して帰っていかれる方も多いので、そういった面ではやりがいを感じるそうです。特に白内障の患者さんが、どんよりした感じで見えなくなったとおっしゃる方が、手術後外来でお会いした時には、声もトーンも明るくなり、格好もビシッと決めていたり、性格も明るくなった様な患者さんもいらっしゃるそう。
<part2> 
小中高、大学も少し、野球をなさっていたそうです。日ハムが好き。西川選手が足も早く守備もできるところが好き。大谷選手も好きで、メジャーに行った現在も、試合に出ている時は、毎朝早起きして試合を見るのが日課になっているそう。実は趣味がスポーツ観戦。野球はもちろんですが、他にサッカー、バスケ、テニス、ゴルフも。スポーツするのもお好きですが、見て応援するのも好き。他には働いてから始めたゴルフに結構ハマっているそうです。研修医1年目の時に指導医の先生がとても上手な方がいらして、仕事終わりで教えていただいたり一緒にラウンドを回ったり。そこで上達したとおっしゃっていました。野球はホームランと言っても飛ぶのが100m位。ゴルフは、もっと飛ぶので、打っていて気持ちが良いと。飛び方が全然違う。あとは自然の中を歩くだけでも気持ちが良いというのがあり、ゴルフに目覚めたと。他には旅行もお好き。オーストラリア、マレーシア、バリ、モルディブ等のリゾート地に家族で旅行に行ったり、卒業旅行で友達とヨーロッパに行かれたそうです。まずは、プラハに入り、ウィーン、ベネツィア、それからドイツへ。ドイツではレンタカーを借りて古城巡りをしたり、アウトバーンで200キロ位で走って楽しんだそう。200キロで走っていても抜かしていく車はたくさん。最初は恐かったそうですが、慣れてくるとそのスピード感が気持ち良くなったと。ドイツではビールをたくさんお飲みになったそうです。地ビールみたいなものが多く、スーパーでは多数のビールがあり、その瓶を集め、飲んでビールを記録するという事で写真を撮ったそう。多分30〜40種類のビールは飲んだと。もう一回行きたい所は、モルディブ。ひたすら海が綺麗だそうです。水上コテージに宿泊。朝起きてすぐ潜れるように、部屋から出るとシュノーケルセットが置いてあり、魚がたくさんいて気持ちが良かったと。ハネムーンの方が多かったそうで「ハネムーンがあったらまた行ってみたい」と。。。
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2018.0620 O.A 釧路赤十字病院 内科 古川真氏

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<part1> 
今回は糖尿病のお話しをする時に切ってもきれない食事のお話し、糖質制限について伺いました。最近は、糖質抜きダイエット、炭水化物抜きダイエットという言葉をよく聞きます。これらのものを若干目の敵にしている様な、行きすぎているな・・という感じもすると。糖質制限が大事になる方は、糖質摂りすぎの方、炭水化物摂りすぎの方、例えば、ラーメンライスとか、お好み焼き定食とか、明らかに炭水化物と炭水化物の様なものを多く摂る方。ただ、普通に常識的な食事(医師がイメージしている常識的な食事)とは、例えば大人の男性で、体を使ってある程度仕事をしている方だと1日2000kcal位。そのうちの半分の1000kcal位は炭水化物や糖質でとった方が良いと言われています。残りの1000kcalのうちの600kcal位をおかず、肉・魚・野菜など、残りの400kcal位が脂肪分。三大要素で分けると、炭水化物が半分、残り2/3がおかず類、タンパク質、残りの1/3が脂肪分でとる位のバランスが良いと言われているそう。メインになるカロリー、糖質や炭水化物は体の中でいうと、ガソリンに当たるエネルギー。体を動かす基本中の基本。さらに、一番糖質を消費するのは脳神経。糖質以外のエネルギー分を使う事ができないのです。他の筋肉や組織というのはいざとなったら自分の体の中のタンパク質をアミノ酸にかえたり、脂肪分をエネルギーとして、代替エネルギーにして動かしていくことができるそう。ただ、脳神経だけは糖質しか、ブドウ糖しかエネルギーとして使えない組織。疲れてきた時に甘いものが食べたくなるのはその為なのです。極端な糖質抜きダイエットをなさる方の問題は、脳神経へのエネルギーが足りなくなってくるので、それは良くないということなのです。先生のダイエット法を伺いました。まずはご自身が患者さんに言っていることを実践。食事の中のバランス、特に糖質の摂りすぎがないかどうかをチェックしていると。どうしてもお昼はおにぎりやパンなどで過ごしてしまうので、夜は糖質を抑えたものを・・と考えているそうです。他には体を動かすことをなさっているとのことでした。
<part2>
後半は、むつみ薬局の宮井氏が登場。実は7月14日(土)に釧路市生涯学習センターで健康フェアが開催され、そこで古川氏がご出演になるということでお話しを伺いました。2年前から温めてきたプロジェクトとのこと。落語家であり、医学博士の立川らく朝氏と今回は対談なさるとか。内容的には一貫して笑いがテーマ。「笑って健康!笑顔で生きよう!」というキャッチコピーやニコニコ対談という言葉も実は古川氏が考えられたそうです。どんな対談になるのでしょう?誰にも想像がつきません。1部が14:00から、らく朝師匠と古川氏の対談、2部が14:50から、立川らく朝師匠の健康落語という流れになっています。入場無料ですが、入場整理券を配布しているそうですので、お早めにチェックしてください。
先日初めて古川先生の講演を拝見して、ビックリしました。とてもわかりやすい言葉で劇画タッチで、まるで紙芝居を見ているかの様な進行。難しいお話をなるべく伝わる様にストーリー立てて考えるそうです。その場で興味を持っていただけると、今の時代インターネットでもスマホでも調べると色々な情報が入ってくる。ですからまず興味を持ってさえいただける様、なるべく聞きやすい様に、難しいグラフや図、言葉などを使わない様に工夫なさっています。実は講演するにあたって絵コンテを描かれるという噂をお聞きしました。映画がお好きで、昔はメイキングビデオがなかったので、監督がどういう風にその映画を撮っていったのかを表す絵コンテが載っていたそう。そこで絵コンテの存在を知りました。役者さんがいなくても、カメラがなくても紙と鉛筆さえあれば良いのでとても便利。という事で、絵コンテを描いて講演をなさる形になったのです。年間でスライドを使ってお話しすることは40〜50本。全くの新作というのは10本くらい。確かに難しい単語やグラフを見るのと違いストーリー展開での講演は一般市民にはとてもわかりやすいものでした。
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2018.0613 O.A フリーランス いしいちか氏

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<part1> 
市立釧路総合病院で研修医をなさっていた彼女が、一旦医師の道をお休みし、世界旅行に出かけ、本当は2年で帰国する予定が、1年延長してまる3年。106ヶ国を巡り、帰国なさいました。目標一応達成!!
でも、今すぐ旅立ちたいくらいと・・・。3年間で一番記憶に残っているのは、アフリカのナミビアのヒンバ族との出会い。ほとんど観光客が来ない様な村で、そこに泊めてもらったのが良い経験だったと。言葉は全然通じません。その中で、目が化膿している様な子供、というか赤ちゃんにご自身が持っていた抗生剤入りの目薬をあげたそうです。それをすごく感謝してくれて泊まって行って良いよとなったそう。それが貴重な経験だったとおっしゃっていました。言葉が通じない所の方が多かったけれど、その方が楽しかったと。中央アジア等は、第二ヶ国語がロシア語なので、英語は一切通じないけれど、ご自身でもわからないうちにコミュニケーションをとっていたそう。おそらく日本語も使っていると思うと。みんな地球人だから、どんな国に行ってもなんとかなるのです。旅の中では「なんでもできるな」と思ったそうです。世界を旅する中で、やりたいことをリストアップしていきました。例えば、イモムシを食べる、民族衣装を着る、各国のスープを飲む、(本当はレシピを教えてもらって全世界をまわるつもりだったのです)、ナマケモノを抱っこする、パンダを抱っこする、会いたい動物に会いにいく、タージマハルにいく、ロシアのキジ教会絵にいくなどなど。100個位やりたいことリストを作ったけれど、60個くらいはクリアなさいました。今思っているのは、この先日本でも同じ様に生きていけるなという事。旅をしながら、逆に日本でやりたい事リストを作っていたそう。「人生の楽しみ方がわかった気がします。人間は屋根がある寝る場所とカバン1個の荷物があればどこでも生きていけると思いました。多分それは日本でも一緒だと思います。」
<part2> 
またどうしても行きたいと思うところは南米。帰ってくる直前が南米でした。スペイン語がまず好き。南米の人々が素朴で好き。人懐っこい感じが好き。スペイン人が植民地化しているのでヨーロピアンな感じで、コロニアルな街並みがあるけれど、それプラス元々住んでいたインディヘナ、いわゆるアンデスの様な人々が住んでいて、独自な民族衣装を着て歩いている人々を見ると、色々な事情があるのかもしれないけれど素敵だなと思うそう。街並みも食事も人々も温かい感じが好きとおっしゃっていました。
そもそもどうして旅に出たのでしょう?ご自身でもわからないそう。でも子供の頃から「世界ふしぎ発見」とか、「世界ウルルン滞在記」等のテレビ番組がとても好きで、いつか自分の目で見にいこうと思っていたそうです。大学生の頃、バイトでお金を貯めて出かけたけれど、日数にして2〜3週間。全然足りない。安宿に泊まることも覚え、そこで色々な旅行経験がある人と知り合い、ガイドブックには載っていない情報を手にいれ、どんどん行きたいところが膨らんでくる。そこでいつか長い時間でいわゆる世界一周という形で旅に出ようと思い始めたのです。自分の人生に迷っているとか、自分探しというのは違います。本当に行ってみたい場所に行きたかっただけ。あとは日本とは違う文化の中に溶け込んでみたいという好奇心。
今一番の目標にしているのは、整形外科医としての専門医の資格を取ること。またいつか海外に行くタイミングを見計らっているのも嘘ではないかもしれません。「私の人生の中で譲れないのは、医師としての医療を極めていく事と、また世界を見て回りながら旅行ができたらと思っています。この2つの自分のスキルを活かして、将来医療と旅をマッチさせた様な仕事ができたらという思いはありますね。」
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6月15日(金)18:00〜 北海道教育大学釧路校 C棟 C201教室で「世界一周帰国報告 講演会」開催。
汗と涙の1097日間 世界一周 〜旅の終着点は、新しい夢のスタートライン〜 
入場無料、申し込み不要、一般参加okです。
今回のお話し以外のお話しもスライドを交えて紹介してくれると思います。
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2018.0606 O.A 釧路労災病院 泌尿器科 小野敦彦氏

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<part1> 
小さい頃から病気がちで、4〜5歳の頃、半年位入院したこともあったそうです。それが影響したかは不明ですが、小さい頃の夢は、物心つき始めたあたりから医者になる・・・。当時出会った先生が、とても優しく、毎日病室に顔を出してくれていたそうです。その様な先生に憧れたのかもしれませんね。小学、中学時代は野球をやっていたので、野球選手にもなりたいと思っていたそうです。高校時代は体を鍛えるのが好きだったので個人でボクシングをやったりもしたそうです。負けず嫌いだったので、勉強は勉強、スポーツはスポーツで、どちらも極めたいと。どちらもおろそかになるのは嫌だったとおっしゃっていました。
泌尿器科を選ばれたのは、一番は北大の医局長の先生がすごく熱心に勧誘してくださり、期待を裏切りたくないと思ったから。そして、現在、市立釧路総合病院の森田先生が大学にいらっしゃった時で、熱いお言葉を言っていらしたから。「北海道は昔、移植等ができなくて本州まで患者さんを送らざるおえなかった。それをなんとか北海道で・・という意思を持って移植をしたり、小児も。北海道で完結できる医療を・・ということで志高くなさっていて、最近それが実を結び始めたとおっしゃっていた。」その様なお話しをお聞きして、こういう熱い思いを抱いてやっている先生がいるならぜひついて行きたいと思ったそうです。今でも自分の心の支えになっている、目標になっていると。ご自身としては移植をやりたい気持ちはあるそうですが、満遍なく泌尿器という分野を極めることができたらと。これから研究してみたいのは、再生医療の分野。腎臓は悪くなると再生しない。だから再生医療で腎臓を再生することができたら夢のある話だなといつも思っているそう。現在思っている医師の理想像は、患者さんを第一に考えて寄り添って最後まで治療を完結できる様な泌尿器科医。安らぎを与えることができる様な先生になれたら良いなと思っていらっしゃいます。
<part2> 
大学時代、バイトでお金を貯めて旅行に出かけたそうです。荷物担いで、航空券だけ持ってという形で、あちらで知り合った方のお家に泊めてもらったり、インドではガンジス川でバタフライを。怒られたそうですが、それはそうですよね。東南アジア、インド、パキスタンなどアジア周辺が多かったそうです。本当はヨーロッパ、キューバも見てみたかったそうですが、バイト代がそこまで捻出できなかったと。ウユニ塩湖とか、マチュ・ピチュとか、有名で綺麗なところに行ってみたいそうです。当時は行ってはいけないと言われる所に連れて行ってもらったり、結構危ない目にもあったそう。東南アジアの某国では、絶対ダメだよといわれていた所にフラ〜っと一人で出かけたところ、後ろから筒状のものを押し付けられたそう。お金を持っていると思われたみたいです。その時は周りにも人に囲まれ・・。でもいざという時は身体が固まってしまい、何を思ったか出てきた言葉が「ちょっとちょっと」。相手もその反応に戸惑った感じで、避けてくれて事なきを得たそうです。冗談みたいな本当の話。あれを経験したら怖いものはなくなったとおっしゃっていました。
趣味は筋トレ。部屋に筋トレマシーンを置いて励んでいるそう。ランニングマシーンやバーベル、懸垂するマシーンなどなど。身体を動かすのが好きというより癖になっているそうです。1日やらないと気持ち悪くなる感じ?!冬は小学4年生からスノーボード。今までに手を骨折したりしたことがあるそうですが、現在もまだなさっています。スキーは2歳からスパルタ教育を受けたそう。最初の記憶が山に放置され泣いている・・。
ドクターとしてのポリシーは、ブレない。自分が勉強して正しいと思ったり、患者さんに一番良いことだと思ったことに関しては、上司とやりあうことだったり、他の先生と揉める様なことがあったとしても、信念を持ち、芯はしっかり持ちつつやっていくこと。・・・きっぱり語っていただきました。
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